(2)自分史の歴史
始まりは生活綴り方運動
近年、スマホやパソコンの普及により、一般の人々が文章を書く機会が増えています。新聞や雑誌には読者投稿が盛んに寄せられ、中高年層の間では、自分史を書いたり出版したりする人も増えているようです。
こうした活動を支援する機関も全国に点在しています。例えば、私の近くの春日井市役所には「日本自分史センター」という施設があり、自分史の普及・振興のためのさまざまな事業を行っています。私も訪れたことがありますが、全国から約八千冊もの自分史が集められ、閲覧できることに驚きました。
では、いつごろから人々が自分の生活や人生を記録し、活字として残すようになったのでしょうか。その歴史を少し振り返ってみたいと思います。
昭和一桁の時代、私の幼少期には、すでに「生活を書くこと」が教育や文化の領域で一つの運動となっていました。児童文学雑誌『赤い鳥』(昭和十二年)に掲載された豊田正子の作品が契機となり、「生活綴り方運動」が教育界で注目されました。私が小学校五、六年のころのことです。子どもたちに日常生活を見つめ、記録させることで成長を促す教育でした。
戦後になると、復興と民主化の流れの中で、労働組合を中心に再び「生活綴り方運動」が盛り上がります。そのきっかけとなったのが、無着成恭の『山びこ学校』(昭和二十六年)の出版でした。評判になったのは、私が大学二、三年のころです。
この運動は全国の小中学校に広がり、鶴見和子氏(社会学者・文化人類学者)や国分一太郎氏(教育者・児童文学者)などが関わりました。生活を記録し、集団で話し合うことで、民主主義的な自己改革を目指すという思想が根底にありました。
その後、「生活綴り方運動」は「生活記録運動」と名を変え、農村や労働組合の間に広がっていきます。働く人々が自らの生活を描き、それを共有することで社会改革の機運を高めようとしていたのです。
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