何かの書類が不足しているのが理由のようだと言われたが、その書類が何なのか僕にはよく理解が出来なかった。バイクを日本から送る時に用意する書類で、後から書類を送ってもダメなのだとも言われた。アメリカへバイクを送る手続きを事前に調べていたつもりだったが、やること全てが僕には初めてのことで、書類上の手続きに不備があったのだ。

運輸会社の人から「このような状況なので、ロサンゼルスに行っても、バイクを現地で引き出すことは出来ないでしょう。それでもアメリカに行きますか?」と言われていたのだ。

僕の日本出発は1週間後。いろいろな人に「僕は世界に飛び出す」と宣言していた手前もあり「やっぱり止めました」とは言えない。悩んだが、ともかく実際に現地に行って状況を見ないことには分からないし、現地で何とかなるかも知れないと考えた。

ここまで来たら、明日は明日の風が吹くのだと自分に言い聞かせ、ロサンゼルス行きの飛行機に乗ったのだった。

ロサンゼルスにある運輸会社の事務所に、高校時代の友達と一緒に自動車で向かった。友達は車を持っていた。アメリカの地で、車を自在に乗りまわす彼を見て、いつの間にか僕とは随分差が付いたように感じた。

運輸会社のロサンゼルス事務所は、日系企業が集まるトーランスという地区にあった。

事務所では、現地で働く日本人男性の二人が僕の件で対応してくれた。運輸会社の職員で年配の方の人が僕に現状を説明してくれた。説明の内容は、僕が日本を出発する前に聞かされていたのと同じであった。

ロサンゼルスの税関には何人もの職員がいるのだが、ある一人の職員(アメリカ人)が僕のバイクの輸入を断固として認めないのだと言う。そしてその職員は輸入手続きをする事務所に「必ずいるのだ」と言っていた。

「あいつは嫌な奴だ」とも運輸会社の職員は言っていた。それでも、折角ここまで来たのだから皆でその事務所に行ってみようということになり、僕は暗い顔をして税関事務所に向かったのだが、そこで最初の奇跡が起こった。

 

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