『グミサプリで大麻トラップを』
1
歓声のなかで電話がなった。受話器を取ると、コーチの声が聞こえる。
「春原行くぞ」
肩はもう仕上がっていた。迎えのカートにのる。グラウンドに出ると、光線がまぶしい。何度経験しても、このまぶしさは慣れない。9回裏、二死1,3塁。4番を申告敬遠したあとの登板。1-0でこちらがリードしている。前日まで3連敗だった。今日をおとすわけにはいかない。
初球ボールのあと、2球目の2シームに4番は手を出してきた。内野フライだ。打ち取ったと春原は思い、右手を挙げた。だが台風がせまってきているゆえの強風にながされ、3塁側のスタンドに流されていった。1-2になり、勝負のフォークのサインが来た。
4番は手をださない。結局、歩かせた。フルベース。
5番への初球はチェンジアップ。完全にタイミングをはずさせた。凡フライだ。再度、春原は手を挙げる。けれどもまた風に流されてファウルになっていった。
2-2からのフォークにも手をだしてこない。フルカウント。最後はスライダーに運をまかせる。相手も配球を予想していた。ジャストミートされたが、サード正面。ゲームセット。
ご苦労さん。
ダッグアウトにもどると、監督が声をかける。春原は無言だ。無視の態度。
この小心者の指導者を彼は露骨に嫌っていた。野手上がりでプロ選手にしては背が低く、猪首で天然パーマの姿をみるだけで虫唾がはしりそうだった。早く着替えて家に帰りたいとそればかりを考えていた。連戦がつづく。疲労は残したくない。
ゲームがあった東京スタジアムから自宅は、そう遠くない。車なら15分だ。
帰宅してシャワーを浴び、そそくさと食事をすませると一人暮らしの春原は、カバンから大麻を取り出した。紙に巻いて火をつける。
これが試合での緊張から解放される一番の方法であることに、気がついてしまっていた。非合法であることはむろん承知している。体を休めるのには、睡眠がなによりも必要だ。しかしリリーフの緊張は、そうおいそれと解けるものではなかった。
アルコールにたよるのも一つの方法ではある。ただアルコールはあとを引く。酒があまりつよくない春原は、翌朝、頭痛が残ることも珍しくない。肝臓にも負担がかかるだろう。
安眠をうながすものとしてはカンナビジオール(CBD)もあることはある。CBDなら非合法ではない。ただ即効性がない。服用してすぐ眠りにつくからといって、効き目が発揮されるものではないのだ。
その点、大麻の喫煙はありがたい。しかも筋肉の疲労のも効果があるような感覚を春原は経験していた。これを彼は海外からきた同僚に教わっていた。その同僚によると、アメリカでは、野球であれバスケットであれプロ、アマチュアを問わずどんなスポーツでも大麻の服用はもう容認されているというではないか。
春原はベッドの中で今日の試合を振り返っていた。無能な奴の采配のおかげで、あわやきょうも試合を落としそうになった。そのくせクローザーへの敬意はみじんもない。早くFAの権利を取りたいものだ。
うとうとしていたその時、マンションのチャイムがなった。一人暮らしの春原にはまるで心当たりがない。どなたですか? 警視庁です。相手は答えた。
2
9月28日、日本プロ野球界に衝撃が走った。大麻取り締まり法違反の疑いで京浜ロビンズの投手の春原信夫(26)が逮捕されたのだ。春原はクローザーとしてその投手力を認められ、来春行われるワールドベースボールクラシックの日本代表としても内定していた。だが彼の地元である静岡を取材してみると驚きの声が上がる一方、「小学生のころから乱暴だった」と語る同級生もいた。周囲の証言を総合してみてわかるのは、彼の性格の二面性だった。(春秋ウィークリー9月30日号より)
春原、面会だ。そう呼ばれた。
現行犯逮捕のあと、翌日には送検され、弁護士を決める必要に春原は迫られた。球団は援助してくれそうにない。自力で探さざるを得なかった。唯一のあてはいつも通う居酒屋にきている、やはり常連の客のひとり。以前酔っ払った勢いで、なにかあったら連絡しろとくれた名刺がそのまま財布に入っていた。わらにすがる思いで、その電話を検察に伝えると、弁護を承諾するという。「同郷のよしみや」と付け加えてきた。ふたりとも大阪出身という点で共通しており、屈託を感じづ話できる気軽さがあった。
やあ、久しぶり。飲み屋以外で会うのは初めてだけど。そう言って彼は飄々と現れた。週刊誌を手にしていた。春原さん、人気者ですよ。見る?小学生の時分から、性格が多重で乱暴者だってよ。まあ出版社なんて発行部数さえのびるなら何でも書くからね。そうそうワールドベースボールクラシックのメンバーからは、はずされるらしいよ。
大麻やるなんて、アメリカの大リーグではだれでもやってることじゃないですか。どうして日本選手だけ、それが理由でとがめられるんですか。しかも心身の調子をコントロールするのにプラスの作用しかないっていうのが世界の常識になってるのに。大麻やってるから選ばれないのなら、大麻使用者とそうでない人のチーム対決で、勝負をきめてるようなものかもしれん。
この島国でそれを言ったって無駄というもんですよ。マスコミは一切無視でしょうね。やつらは警察と厚労省の受け売りしかしないからね。厚労省ってのは、もとをたどれば内務省。警察とは同根だしね。
どうしてマスコミは、内務省つながりの連中べったりなんです。
日本のマスコミは記者クラブっていう組織を作って、そこを通じて取材するんです。というかそこを通じてしか取材しない。そこで相手とバーターの取り引きばっかりしてるのさ。
バーター?
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