【前回の記事を読む】母のクローゼットから若すぎる紅色のスカートを発見…「このフリル、もしかして彼の趣味?」家庭のある恋人と長年付き合う母は…

霧のみずうみ

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「お母さん、このままでいいの?」

不意に娘に言われて、まち子は言葉を詰まらせた。まるで、まち子の心の中を覗いていたような言い方をする。

「どういうことよ」

「こんな日陰もののような暮しで、いい年をして朝から夜まであくせく働いて、世の中のオバ様たちはもっと悠々と暮しているのに」

切れ長の佳織の目は、アルコールのせいか、かすかに充血していた。目尻から頬にかけて赤みが加わり、娘ながら艶めかしさを感じる。

佳織は、すでにフルボトルのワインをひとりで空にしていた。酔って言い方はぞんざいになっているが、その言葉には、母を思う優しさがこもっていた。

「こういうのが、わたしの性分なのよ。身体が元気にしていられるうちは、働いているのが幸せ。その方が、何も考えなくていいのよ」

佳織はわずかに首を傾げた。細く長い首だった。その首の半ばくらいまでが、赤くなっていた。

佳織は、グラスに残った最後のワインを飲み干すと、じっと母を見つめた。整った二つの眉が形よく並び、大きな目がまっすぐにまち子をとらえた。

「わたしね、子供ができたみたい」

まち子は息を呑んだ。その言い方から、相手が結婚できるような人ではないと直感した。

「どんな人なの?」

「会社の上司。とても優しくて頭の良い人。仕事もできるし人望もあって……」

まち子は深く息を吸った。娘が急に訪ねてきたのはこのことが言いたかったからだろうか。それにしても、この胸騒ぎは何だろう。

「相手の人、家族持ちね?」佳織は頷いた。

「長いの?」

「付き合って、二年になるわ」

佳織の長い睫が、陰をつくった。頬から首のあたりの赤味が増している。そこには、もう自分の娘ではない、ひとりの女の姿があった。

まち子は、なんと声をかけようかと考えた。母として、人生の先輩として、何かを言ってやりたかった。しかし、気の利いた言葉が思い浮かばない。母としての心配が先に立ってしまう。

「どうするの?」

佳織は、ゆっくりと首を傾げるだけだった。その表情には、もう充分に悩んだという疲れのようなものが現れていた。

「悩んでいるわ」

「お相手にお子さんは?」

「いるわ、二人。小学生」

まち子はため息をついた。佳織の目に、かすかな虚ろさがあった。