「……管姨(クァンイー)とは、仲よくやっていたんではないのか」
「表向き、とりつくろっていただけだよ、女は、あの人だけだったからね。話したくとも、ほかに人がいないんじゃさ」
「ほかにも、女はいるはずだ。前に、建昌伯(けんしょうはく)さまや、李師父など、貴顕が来たことがあったが、酒宴の場には、女がたくさんでて来たぞ」
「いるんだろうけど、ふだん、どこにいるんだかわからないんじゃねえ。きいても、答えちゃくれないし。へんなトコだよね、まったく。用もないのに、まとわりつく少年とかさ。あんた……よくまあ、こんなトコで長くやっていられるよねえ」
そう……そうなんだよ、石媽(シーマー)!
気軽に本音を語れれば、どんなにいいだろうな。だが、本音をいえば抹殺されるかもしれない。ふともらした一言で、ほんとうに殺されるんだぞ。
「そなた……亭主とわかれたと言ってたな。子どもには会いたいか?」
「そりゃ、もちろん。いますぐにでも、会いたいよ」
「なら、漁門をやめるのは、もう少し先のばしにしたほうがいいと思うぞ」
「……どうしてだい?」
石媽(シーマー)が目をしばたたかせた。そのとき私の脳裡にあったのは、徐繍(シュイシウ)や、羊七(ヤンチー)の顔であった。
「ここは、そなたの言うとおり、得体のしれないところは、たしかにある。だが、高い給金をすてるのは、もったいないのではないか? いましばらく、ここで稼いで、四川にかえる路銀をためるなり、商売のもとでをつくるなりしたほうが、いいと思うぞ。何をするにも、銀は必要なんだから。あるていどたまって、どうしてもイヤになったら、そのときに、やめればいいではないか」
「そうだわねえ……わかった、あんたの言うとおりにするよ」
石媽(シーマー)が、ようやく笑顔をみせた。
「なんで、わしに、うち明けようと思った?」
「あんた、ほかのみんなとは、一線を画してるじゃない? われ関せず、っていうかさあ。さいしょはろくに口もきかないし、いけ好かないやつだと思ったんだけど、あたしもだんだん、ここがどういうトコなのか、わかって来てね。こういう話ができそうな相手は、あんたしかいないって思ったんだよ」
「いましばらくは、病気のふりをしていてくれ。わしらが、へたな芝居をうったことになるからな」
「わかったわ。まかしといて。つきあってくれてありがとう」
調理場にもどってみると、少年の姿が消えていた。うすくらがりの朝もやの中、いつもの持ち場にくりだそうとした。