手術室は戦場
8時59分。
(今日はギリギリ間に合った)
胸をなでおろしながら、手術着に着替え終えた僕は更衣室を出て手術室に向かう。手術がどこの部屋で行われるのか確認していると電話が鳴った。
「先生、患者さんが入室しています。早く来てください」
看護師さんが責めるような口調で言う。
「はい、すぐに行きます。何番の部屋ですか?」
「10番です」
そう言うと、電話はブチっと切られた。(まだ、1分あるはずなのに)そう思いながら急いで手術室に駆け込む。
「遅くなってすみません」
「では、麻酔前タイムアウトを行います」
「よろしくお願いします」
結局、今日は間に合わなかったが、本来は手術に入る外科医の一番下の者が、患者さんが入室する前に手術室に入って準備を手伝い、タイムアウトを行う。つまり、自動的に僕は全ての手術でこの仕事を担うことになる。
タイムアウトとは、手術や麻酔などの直前に行われるもので、患者さんの氏名や術式、麻酔法などを、その場のスタッフ全員で共有し、患者の取り違えなどのミスを防止するための確認作業だ。
麻酔前タイムアウトを終え、患者さんに全身麻酔がかかると、体位変換チェックや術野(じゅつや)の消毒などを行い、手術の準備を進める。手術中、患者さんは長時間同じ体勢となるため、褥瘡(じょくそう)(床ずれ)ができないようにクッションを置いて、体位を変換してもずり落ちないように固定する。
「突っ立っていないで手伝えよ」
「すみません、代わります」
そう言って上級医と代わろうとすると、今度は「これはおれがやっているからいらないだろ。ほかのことをやれよ」と言われる。僕たち専攻医はここでも率先して準備をしなければいけないのだが、この時すでに外科医は僕を含めて3人揃っているため人手は十分にある。
気を抜いているとすぐに仕事を取られてしまい、やることがなくなってしまう。全員が何かしらの仕事をしている慌ただしいこの空間において、下っ端の自分が手持ち無沙汰であることが一番辛い。しかし、まだまだ慣れていない僕は次にすべきことが分からず、その状況に陥ってしまうことも多い。
「では、手洗いに行ってきます」
準備が整うと、僕たちは手術室の廊下にある手洗い場に向かう。普段の手洗いとは違い、専用の洗剤で指先から肘上までを入念に洗う。
洗ったら水滴をきれいに拭き取って、アルコール消毒をする。こうして自分の前腕を滅菌状態にするのだ。