【前回記事を読む】なぜ晋作は、結婚していながら長崎の色町で出会った青い目の芸伎に心を奪われたのか――?

天狗の申し子

長崎滞在は晋作の思い込みに反して大幅に延び、一カ月半になった。

藩から支給された所持金は三分の一に激減した。晋作は初めての土地なので金を借りる当てもなく困り果て、小雪の前で思わず弱気を吐いた。

「俺は駄目な奴だ。愚か者で、金がなくては上海に行けないことが分かっていない。長崎に来て以来、今日の日まで上海見聞の事前学習の情報収集の為と言って、ひたすら遊び呆けていた。

今に至るまで一カ月半、こんな氷が割れるような危険に気が付きもしない。人として愚かで怠惰で鈍感で、最低に屑な奴だ。上海行きが出来なくて当然な奴なんだ」

晋作は体面を気にすることなく、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら本心を吐露した。これまでそんな晋作を見たことがなかった小雪は、晋作に向かって背筋を伸ばして意を決すと宣言した。

「旦那さん。うちを売りさん」

同棲して晋作の全てを感じ取る中で、晋作が普通の武士ではない、大きく高い志を持つ熱血漢だと見抜いた小雪は晋作に二度言った。

「うちを売りさん」

晋作が「誰が買ってくれるのか」と聞いたら、小雪は「うちが元の色に話を付ける。もし駄目なら越前屋の若旦那に相談する」と言う。

晋作は別の手も思い付かないことから「それが出来るならお願いしたい」と生まれて初めての土下座をした。

小雪はその日のうちに、晋作が小雪を引き落とした同額で話を付けたと言って、そっくり全額を持って帰ってきた。

「すまん。世話になった」。

晋作はそう言って改めて小雪に深々と頭を下げた。

小雪は、その見返りという意味かは分からなかったが、晋作に上海のオランダ商会にいる利助という弟に会って長崎土産を届けて欲しいと言った。

晋作は二つ返事で引き受けたが、その土産とは長崎在住の職人が手作りした精巧なカラクリのおもちゃとラッキョウだった。

カラクリのおもちゃは長崎で今流行っている人形もので、ラッキョウは利助が小さいときからの好物で、三年前に亡くなった二人の母親の味を小雪が受け継いで作ったのだという。

こうして、晋作は藩から支給された渡航費用を使い果たして、上海渡航に参加出来ない危機を小雪の気っ風で救ってもらった。