【前回の記事を読む】「火事だ! 起きろ!」窓の向こうで眠る彼女はピクリとも動かない。ようやく目を覚まし、窓を開けた次の瞬間――

私が空を飛ぶ理由~つばめのつばさ~

つばめのつばさ

けたたましいサイレンで目が覚めた。私は向かい側のアーケードの屋根の上にいた。上半身を起こそうとしたが、痛みが支配していうことをきかない。全身を屋根に叩きつけられたようだ。かろうじて首だけは団地のほうに向けることができた。二台の消防車と救急車が到着していた。それらを取り囲むようにやじ馬がひしめいて、あたりは騒然としている。

階段をかけあがる複数の消防隊員が見えた。下で待機している仲間と無線で話している。

「四階、402号室。えー、恐らくバックドラフト。玄関から入ってみます」

爆風で玄関ドアも歪んだようだ。隊員たちはその隙間から工具を差し込んで入口を広げようとしている。ホースを持った何人かが後からやって来て、いっしょに中に入っていった。ときおり402号室の窓からは水しぶきが噴き出した。火の手はほどなく収まったようだ。                   

担架が二つ運び込まれ、布をかぶせられて出てきた。後は、前回上空から目にしたとおりの光景だった。救急車に乗せられると、音は次第に小さくなり市街の方に消えていった。

私は屋根に横たわり、さっきまで叩いていた402号室の窓を見つめた。びくともしなかったガラスは粉々に砕けて跡形もない。窓枠の外側の壁までが真っ黒に焦げていた。脳裏には、窓一枚隔てた向こうから見つめる、涙でいっぱいの「てる」の顔が焼き付いたままだ。すぐに目の前がかすんで何も見えなくなった。

さっきまでの記憶を、もう一度スロー再生で確かめた。カーテンを開けたとき、私は彼女ばかりを見ていたつもりだった。けれど窓にはもう一つの影が重なっていた。ガラスに反射した私の姿だ。彼女が「助けて!」を繰り返す前に小さく叫んだ言葉が、彼女のくちびるの動きでわかった。「つばめだ!」

息が白い。額を大粒の雨が打った。私はずっとがくがく震えていた。それは寒いからだけじゃなかった。

私は傷だらけの体を引きずりながら帰路についた。どうやってたどり着けたのかは覚えていない。何度か雲に救われ、何とか長い距離と時間を超えたようだ。東京タワーにあいさつをしたかどうかもわからない。

薄目を開けると、部屋のベッドに横たわっていた。朝の光が差し込み、私は嗚咽しながら泣いている。けっきょく「てる」の力にはなれなかった。その非力さゆえの涙だった。