救いは二つある。一つは「てる」の死が、自殺でも心中でもなかったと確信できたこと。きっかけは古い建物で起こりがちな事故だった。彼女は逃げ道を失い、知識のないままに窓を開けてしまった。窓を叩いていた私も同罪だ。

もう一つは、彼女がその晩も体調をおして勉強していたことだ。苦しい中でも進学の可能性を信じていたのだろう。社会の先生になる夢を捨ててはいなかった。「てる」はずっと「てる」のままだった。

しかし原因がわかったところで結果は変わらない。火の回りは早かった。すぐに通報しても間に合わなかっただろう。そして私は「てる」を窓の外に導けたところで、母親と二人の体を地上に導く力はなかった。

彼女は帰ってこない。夢は断たれてしまった。半年をかけて、私は大好きな「てる」を救えなかった。

 

その日以来、私は飛べなくなっていた。起きていると体は何ともないのに、夢で飛ぼうとすると吹き飛ばされたときの記憶が襲ってきた。どこが痛いのか、心が痛いだけなのかわからなかった。

夢の中とはいえ、努力と工夫を重ねて空と時間を自由に飛ぶ奇跡を起こせた。心の奥にずっと引っかかっていた後悔を思い出し、飛ぶ理由を見つけた。嬉しかったのは「てる」が自ら死を選んだわけではなかったと知れたことだ。彼女は中学のときの夢を、変わらず追いかけていた。

悲しかったのは、もちろん彼女を救えなかったことだ。その絶望が、飛ぶ気力さえも奪っていた。もう一度飛べたら、そして彼女を救い出す方法を見つけられたら、チャンスはあるだろうか。残り少なくなってきたとはいえ、私にはまだ時間がある。諦める理由などない。

今日も午後、ベランダの椅子に腰かけてビールを飲んだ。少年少女たちがボールを追いかける声がする。初めて飛べた頃と何も変わらない週末だ。あわてんぼうのつばめが一羽、目の前をすいいと滑空していった。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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