「ごめんなさい」

涙が出そうになる。

自分が取り返しのつかない失敗をしたということ以外には、何も考えられなかった。

「どうしたんや?」

彼が私の両耳のあたりに手を当てて、顔をのぞきこんできた。

私は答えられなかった。

「分からない。何か、はずみで」

自分でも、どうしてこうなったのか分からなかった。

彼が私の頭を抱きかかえる。私の顔が彼の胸元に当たってしまう。

「汚れるから、やめて」

「そんなんは後で洗えばいい」

少しの間、彼は私の背中をなでていた。

すぐに、胸元の濡れたところの温度が下がって、冷えてくる。

「着替えないと」

どういうわけか、バスルームで体を洗い流すことを彼がどうしても許してくれなかったので、私はその場でパジャマを脱いで、かけぶとんにくるまって、ベッドの上に横たわることにした。

彼がタオルを濡らして持ってきてくれて、私は自分の体をふく。

ベッドサイドのミネラルウォーターでうがいをして、やはり彼が持ってきてくれた洗面器の中に水を吐き出した。

彼も上着のほうは脱いで、今はTシャツを着ている。やはり吐瀉物が付着してしまったのに違いない。

申し訳なくて、いたたまれなかった。

せっかく楽しく過ごしていたのに、残念で仕方がない。

これでもう、彼は私に会ってくれなくなるのだろうな、と、ぼんやりしつつ考える。

街中で時々見かける男の子たちみたいに、彼も自分の友人たちと、もはや介護、ありえない、とか言って私のことを話して笑い合ったりするのだろうか。

でもさっきまでは楽しかったのだし、私なんかにはもったいないような、いい思い出になったから良かったのかもしれない。

「ごめんなさい」

「謝らんでいい」

彼は私の髪をなでてくれた。

「俺はさっきまでの自分を殺したい気分や」

どういうことだろうか。

「あんたを傷つけたんが俺なんやとしたら、過去に戻ってそのときの俺を殺しに行きたい。今の自分を殺したらあんたの気持ちが楽になるんやとしたら、そうしたい。それであんたの気持ちが楽になるわけではないと思うから実行はしないが、あんたを傷つけた誰かを殺せるものなら殺したいで俺は」

「そんなのじゃないよ。傷つけたとか、別に」

「じゃあ、何なんや?」

「分からない。私にも。少なくとも、あなたは悪くないよ。あなたのことがイヤだったわけじゃないし」

彼の表情の険しさが、少しだけゆるんだ気がした。

「そうか」

「そうだよ」

彼は私の髪をなで続け、私は目を閉じる。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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