これ以降、結城は警察官になりたいと思うようになったのである。結城にとって自分を悪者から救ってくれたあのお巡りさんはヒーローだったのだ。しかしツネからそのことを聞いた父は結城を叱りつける。
「何を言ってるんだ! おまえは官僚になって良家の婿に行くんだよ」
そう一蹴されてしまったのである。
結城はこの誘拐事件からおりに触れて自分は警察官になりたいと言ってきた。しかし父はくだらん、といつものようにまず否定から入り、眉根を寄せて見当違いなことを言い始める。
「警察官僚か……。あれも官僚といえば官僚だが、そんなものより私のように税務省を目指せ。そうすれば大臣だって総理だって思うように動かせるんだ。警察だってな」
いつもこうして自分の価値観を押し付ける父が結城は苦手だった。母は母でろくに家に居つかず、結城家の子供たち、特に結城は殆どツネが育てたようなものである。
母が生まれる前から結城家に仕えているツネは、母の姉が結婚を反対された恋人と共に家を出ていった時も、母が婿養子を迎えて結城家を継いだ時も、それを見届けるかのように両親が事故で亡くなった時も、ずっと母を支えてきた。そしてしっかり者で心優しいツネに子供たちも懐いていた。
誘拐事件が起きた時、慌てて結城を捜しに来たのも、事情を聞かれる結城にずっとついていたのも父でも母でもなくこのツネだった。
「よかった、よかった、坊っちゃま。何事もなくて」
そう言ってツネは涙ぐみながら結城をしっかりと抱き締めたが、ツネから連絡を受けてもなかなか家に帰ってこず、やっと帰ってきた母は結城の顔を見るなり、
「一人で公園に行ったりするからです! 皆に迷惑かけるんじゃありません!」
そう叱責したのである。これにはツネも驚いて、
「お嬢様、それはあんまり……」
と、窘めようとしたが、母はふいっと部屋を出ていってしまったのである。
いつもこんな感じだった。両親のいいつけをよく守り、何でも「はい、お父さん」と言う兄の秀人は父のお気に入りで、たまに早く帰ってくると兄の頭を撫で、その話もにこにこしながら聞いていたのである。
妹の凪子は待望の女の子だというので母は溺愛し、人形のようなドレスを着せ、自分の子供の頃のように髪をふわふわに巻いたりしてかわいい、かわいいと喜んでいた。
しかし当の凪子は少し大きくなるとそんな格好をするのを嫌がり、お茶やお花、着付けのお稽古事も母に言われて渋々行っていたが、本当は乗馬やテニスが好きな活発な娘だったのである。
次回更新は9月30日(水)、7時の予定です。
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