大手の不動産会社に勤める一級建築士の達雄は、仕事一筋に生きてきた。趣味といえば、応接室のステレオで、クラシック音楽を聴く事だった。恋愛結婚をした真弓とは夫婦仲が良く、一人娘の優子を箱入り娘に育ててきた。
優子は、花嫁修業にと、料理教室や茶道と華道の習い事をさせてもらっていたが、花が好きで、華道に入れ込み、昨年十一月から、嵯峨御流のいけばな教室を家で開いていた。
緩和ケア病棟が空くのは二月の始めだと言われ、達雄はそれまで薬をもらってしのいだ。家が曹洞宗なので、その大本山永平寺にお参りをしたいと言い、正月休みに家族三人で北陸へ一泊二日の旅行をした。これが家族の最後の思い出だった。
昨日は、優子の二十七歳の誕生日で、優子は自分の誕生花 菜の花をテーブルに飾り、家族三人 で、くえ鍋を囲み、楽しく会話をした。
「優子。お誕生日おめでとう!」と、達雄がビールを掲げて乾杯を言った。
「優子ちゃんも、もうすっかり大人ね。月日が経つのは本当に早いわ。この間まで、こんなに小さかったのに」と、真弓はテーブルの下に手をやって、幼い優子の背丈を示して見せ、懐かしそうに笑った。
「お父さん。お母さん。本当にありがとう」と、優子は微笑んで礼を言った。
「優子。今日の菜の花もいいね」と、達雄は優子が生けた菜の花をほめた。
「私、菜の花って、本当に好きなの。誕生花だからっていうだけじゃなくて、小さな黄色い花が集まって咲いてて、可愛くって、見てると優しい気持ちになれるの」
「優子ちゃんは本当に優しい子ね。うれしいわ。貴女が産まれた時、お父さんと一緒に名前を考えて、優しい女の子に育って欲しいって、ねぇ、貴方」と、真弓が言った。
「あぁ。それで、優子って私が名付けんだ」と、達雄が言った。
「あれは、いつだったかしら? 優子ちゃんが鳩を助けた事があったわね」
「小学校三年生の時だわ。公園で鳩を見てたら、一羽だけ飛べずにうずくまっていた鳩がいて、そばに行って見たら、震えていたから、抱いて連れて帰ったの。お母さんがパンをあげても食べ なくて」
「優子が可哀想だって泣くもんだから、一緒に動物病院へ連れて行ったね」