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六月に入ると、東京は梅雨前のはっきりしない日が続いた。

今日は由那が山梨から戻ってくる。母親が心臓の病気で急死し、一週間甲府の実家へ戻っていたのだ。

ピザ窯のあるイタリアンの店で待つと、黒いワンピースの由那が入ってきた。少し光沢がある大人っぽい服だが、いまは喪服にも見える。

「気の毒だったな」

麻田の言葉に由那は視線を伏せ、「うん」と答えた。少し痩せたようだ。日に焼けていたはずの顔も白く見える。

グラスの白ワインの二杯目を頼み、マルゲリータとバジルのパスタを分けて食べ始めると、由那の顔にも赤味が差してきた。

「寂しいものだね」由那はしみじみと言う。

麻田がマルゲリータを一切れ取ろうとすると、モッツァレラが数本糸を引き、その上に輪切りの小さなトマトが乗ってついてきた。麻田がゆっくり引くと、モッツァレラはどこまでも伸び、トマトもついてくる。由那がクスッと笑った。

「なんか、かわいい」

麻田にはそれが別れを拒む人に思えた。

――蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ

『奥の細道』の終わり、弟子との再会を果たした芭蕉は、数日後またも旅に出る。蛤が蓋と身に分かれるごとく、人は「ふたみ」に別れるもの……。

「そういえば、緑さんが来てくれたんだ」

葬式を終えた翌日、赤道から連絡があった。出張で甲府に来たから食事でもどうかと言う。地元の友達からの誘いは断っていた由那だが、赤道には会いたいと思った。

「緑さんに会ったら、私、涙が止まらなくなって」

麻田には赤道の口調が想像できた。

「ごはん、緑さんが注文したんだけど、私の好きなものばかりで驚いた」

「西京焼きとか?」

「そう。なんでわかるんですかって聞いたら、『痩せないようにお母さんからの指示』って言うの。緑さん、私の横を見てたんだけど、私には何も見えなかった」

自分にも見えなかった。

次回更新は9月29日(火)、11時の予定です。

 

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