【前回の記事を読む】ホテルでキス寸前、彼氏は「無理はしなくていい」と目を開けた…戸惑う私に「俺の体で触ってみたいところとかないか?」と……
バニーガールの夜
2 椅子の背中、一枚分
「俺はあんたに触ってほしい。どこでもいいから」
「どこでも?」
特に理由があったわけではないが、なんとなく思いついたことを言ってみる。
「じゃあ口の中は?」
「いいで。口の中な」
おそるおそる、彼の口元に手を伸ばす。
「うわー」
私は手を止めた。うわー?
「いいねんで、いいねんけどな。いきなり口の中はな」
どういうことなのだろうか。
「触ってくれていいで。まだちょっと心の準備が途中やけど、いいで」
私が手を止めたままでいると、彼は私の手をつかんだ。
そして、私の指が彼の口の中に入るように手を持ち上げる。
「どうや?」
彼の声が若干くぐもっている。口の中に指を入れられながら、えらそうにいばっているみたいになってしまった。
私はどちらかというと、彼の口の中を触っていることに対してよりも、彼が私の手をつかんでいることに対して、どぎまぎしてしまう。
「もういいんか?」
「うん」
「他に、触ってみたいところは?」
私は視線をさまよわせるようにした。
珍しく彼の目の高さが私よりも低いところにあって、彼の頭頂部が視界に入ってくる。
「えっと、つむじとか?」
「つむじな、ええで。いきなりつむじもくすぐったいけど、こらえるわ」
「じゃあ、頭をなでてもいい?」
「いいよ」
私は彼の頭をなでる。片方の手で、ゆっくりと。
「あんたはかわいいな」
「それって、私が言うところじゃないの?」
「うん、まあ、かわいいで。そうやってなでてくれるとか発想がかわいい。もっといじわるしたいとか、ないんか? あんたには」
「あんまり痛いこととかは、したくない」
「同じやで、俺も。あんたに痛いことはしたくない。信じてくれるか?」
「さあ。したくないことをする場合もあるとは聞いたことがあるけど」
「まあ不可抗力とかはあるな。でも俺は、あんたが痛がってるところは見たくないねん。不可抗力でも痛くならないように気をつけることにする」
そんなことが可能なのだろうか。不可抗力なのに?
「約束するわ」
彼は椅子に座ったままで私の手を取って、手の甲に唇で触れた。
かと思うと、すぐに唇を離す。
「しまった。あんたの許可を得てなかった。勝手なことをしたな」
「別にそれくらい、いいよ」
どれくらいだったらよくないのかは分からないけれども。
「あかんのや。自分に誓ったばっかりやのに。気がゆるんだ。すまん」
私は答えないでおくことにした。
「前に会ったときは誓っていなかったの?」
確か前のときはこの人、勝手に私の下着にキスをして唾液まみれにしていた。忘れもしない。
「せやな、あれから反省したんや」
反省したんだ。
やっぱり律儀というか丁寧というか、丁寧すぎる人なのだった。
下着を洗って返しただけでお礼を言うあたり、帰った後で自分のおこないを後悔したりしたのだろうか。そう考えると笑えてくる。
胸の内側がくすぐったくなって、愛おしいと呼べなくもない心地がした。
「それくらいは別にいいよ」
なるべく朗らかな声が出るように意識して私は再び言った。
自分が海外ドラマのヒロインだったら、ここで彼にキスをしているところだ。
せめて精一杯、笑顔になることにした。
キスをしないままで帰路についたけれど、彼に会う前よりも気分が浮き足だっていた。
自分にそんな日が訪れるなんて、なんだか信じられない。
これが夢ではないということに、帰り道の途中で一人、何度も驚いた。