【前回の記事を読む】彼氏から「俺が1人でするところ、見ててくれるか?」と聞かれた…しかも「準備はしてきてるねん」と言い出して……
バニーガールの夜
2 椅子の背中、一枚分
前回の話のこともあり、近くのホテルに二人で入ってこうしている。まだ日が暮れていない時間帯で、窓からレースカーテン越しに差してくる光が彼の姿を照らしていた。
私は彼に近づいて、でも、あと一歩のところで足を踏み出せない。
「やっぱり無理」
「なんでや!」
ほとんど反射のような速さで彼はそう言ったが、怒っている気配ではなかった。
「こういうの、初めてで」
「こういうのって、自分からキスするのが?」
「うん」
彼は何か言いかけて、言うのをやめたように見えた。
口の端を上げて笑顔になる。
「それは光栄やな」
「私、きっと下手だよ」
「それはどうなんやろうな」
「どうって?」
「俺は、キスの上手いあんたと、キスの下手なあんたとでは、どっちのほうが好きなんやろな。どっちも好きかもしれん。うん、あんたやったら、どっちでも好きやで。けど、もしかしたら、キスの下手なあんたのほうが好きかもしれん。上手いよりも」
そんなふうに言われてしまったら、どうすればいいのか分からない。
思いきって、かがみこむようにして、椅子に座っている彼に接近する。
今にも触れそうな距離のところで、彼が声を発する。
「無理はしなくていいんや」
「え?」
そんな息がかかる距離でしゃべられて、混乱してしまう。
目を開けて顔を上げて、彼の表情をうかがった。
彼も目を開いて私のことを見ていた。
「そんなに怖いなら、しなくていいんやで。俺はあんたとこうやって、しゃべったりできるだけで楽しいし、うれしいんやから」
「そんな」
せっかく勇気を振りしぼっているところなのに。
「したいんやったら、してほしいけど、したいと思ってないことをしなくていい」
そう言われてしまうと、私は今、キスをしたいのかどうか、分からなかった。
「大事なことやから早めに言っとくわ。俺はあんたが俺に何もしてくれなくても、何もさせてくれなくても、それはそれで別にいいんやで」
彼は大真面目な顔をしている。