着替えもせずにソファに座り、ハイボールのプルトップをひいた。
カチ、プシュッという音が、部屋に小さく響く。待ちきれない気分のまま口をつけて一口飲む。ウイスキーの香りと、炭酸の喉越し。空腹の胃に、アルコールの熱がゆっくりと広がる。
――この一瞬のために、生きているようなものだな。
海苔弁当にのっている竹輪天を一口かじり、また飲む。
目の前の壁には色褪せた写真が一つ、無造作にピンで留めてある。写真は、娘が小学校に入学した春、妻と三人行った飯山で撮ったものだ。お揃いの帽子の三人が笑っている、その後ろにはダム湖と新緑の山並みが写っていた。
妻が亡くなり、娘が家を出て行ったとき、妻子のものは全て業者に処分させ、マンションも安値で手放した。逃げるように離れた街だったが、結局、また戻ってきてしまった。
「ああ、うめえ」
部屋は静まり返り、冷蔵庫の小さな作動音だけが台所から聞こえてくる。壁に掛かった時計は止まったままだ。いつから止まっているのかは分からない。
窓の外、国道の方から救急車のサイレンが聞こえてくる。やがて音は遠ざかり、大学病院のある方に吸い込まれていった。
指先に残る湿り気をズボンで拭い、もう一度ハイボール缶を持ち上げる。冷気と炭酸がまだ残っている半分を一息に飲み干す。
少し酔いが回ったところで、テレビをつけた。
何も考えずにリモコンを手に取り、いつものようにザッピングしていくと、湘南テレビに懐かしい顔が映っていた。元同僚で、児童精神科医の北川由美子である。
北川とは、研修医時代に付き合っていた――正確に言えば、付き合いかけていた。その後、二人の距離は自然に離れたが、岩野教授の退任後に教授に就任した日系三世タカシ・ジョンソンにより、再び同じ研究チームに招かれて再会した。治療関係の可視化をテーマとするプロジェクトだった。
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