(村木)
私は悩んだあげく、ここはやはり紹介者の住田さんに恥を忍んで相談する以外ないと思いました。
契約を守らないで、家主を責めるような言い方なら、解約してもいいと考えていると伝えました。
私の話を聞いて、住田さんは同感しておっしゃいました。
「それはまずいですね。契約は守るべきです。紹介者に連絡をして、注意しておきましょう」
紹介者というのは、彼女の年上の同棲相手ではないかと気がつき、私は何となく面倒なことになりそうな予感がしました。
「ちょっと待ってください。もう少し様子をみることにします」
私は、住田さんにはしばらく伏せておくようにお願いして、一旦帰宅しました。すると間もなく、部屋代の二ヶ月分は無事に振り込まれていました。
そして、いつの間にか家の周りのフェンスにはピアノ教室の看板が二枚も掲示され、門扉の前には『飛鳥ピアノ教室』と書かれた三メートルもあるのぼり旗が、堂々と立て掛けてありました。
私が出入りする際は、いちいち退(ど)かさなければなりません。リビングの窓や壁にも、ポスターがべたべたと貼られていました。
私には一言の断りもなかったけれど、トラブルになるのが怖いので、見て見ぬふりをしていました。
「しばらく。元気にしてる? 何か、凄いことになってるみたいね」
教室がお休みの日に、親しい友人が突然訪ねてきました。私は久々の来客に思わず嬉しくなって、リビングに通しました。
隣室の収納庫代わりに使用している押し入れを開けて、座布団を出そうとしました。
何と! 目の前の棚には、紙くずなどのごみを入れたダンボールの上にピアノのテキストが数冊重ねてあり、さらに「商売繁盛」と「厄除け」の神札が二枚立て掛けてあったのです。
何度目のびっくりでしょう。一体どういうことなのか、理解に苦しみます。
私が呆気に取られていると、「どうしたの?」と寄ってきた友人も、これを見て驚いて言いました。
「これはひどいね。まるで我が家みたい。そこまでするとは、変わった人ね。でも、他人に部屋を貸すということは、そういうことなのよ。あなたは人がいいから」
私は、どういうことよ、と思ったけれど、今までのことを振り返ると、やはり軽率だったのではと思い、黙認すべきなのか悩んでしまいました。
たしかに、私はお人好しであることは認めます。これまでは、人様のお役に立つならばと、いろんなことに身を惜しまず頑張ってきましたが、こんなことは初めてです。
友人の言葉に、さすがの私も落ち着かなくなりました。
リビングは、週三日の限られた時間だけの契約で、共有スペースなのです。
家主に断りもなく勝手なことをされては、この先が心配だし、ストレスが増える一方です。
やはり解約しようと、腹が決まりました。
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