(影山)
ようやく手頃な場所が見つかって、ひと安心だわ。
以前働いていたところは、楽器会社が運営する音楽教室だったから、私の自由にならなくて、何かと大変だった。研修会やら実施報告書やら、発表会の準備などと、束縛が多くて窮屈だったうえに、思ったより収入も良くなかったわ。
自分のピアノは海外留学する時に手放したので、帰国してからは、そこで働くしかなかったのよ。
私は他人と無駄なおしゃべりをするのは嫌いな性質なので、人付き合いは苦手なの。
だから会社勤務や組織に入るのはまっぴらだし、一匹狼でいるほうが楽で性に合っているの。
けど、あそこで我慢して受けた研修や経験が、何かと役に立ちそうだわ。今度こそ上手くやれそうね。自分のものじゃないピアノを使って、一対一で自由に教えることができるし、それで稼げるなんて運が向いてきたみたい。
それにしても、あの村木さんというおばさんは、今どき珍しいくらい人が良い暇人(ひまじん)なのね。
この間なんか、近所の挨拶回りや教室案内のチラシ配りまで一緒に手伝ってくれて助かったわ。そのうえ、必要な備品の買い物に車を出して付き合ってくれたり、ランチを奢ってくれたり、いやに親切だった。
きっと一人暮らしで寂しいのかもしれないわ。いくら家主だからといって、私のことを根掘り葉掘り聞かれて困っちゃった。結婚の心配など余計なお世話よ。
つい気を許して答えてしまったけど、今度から気をつけなくては。
実は、歳の離れたバツイチの彼氏と同棲しているので、契約書に書いた住所には近いうちに引っ越す予定だとか、言わなきゃよかったわ。
村木さんは親切だけど、おしゃべりでお節介で、野次馬みたいなおばさんだわ。
ほんと、ウザったい。これ以上プライバシーを侵害されたくないので、適当にあしらって付き合っていくわ。
気になっていたあのリビングには仕切りをつけて、教室の様子を覗かないようにすると約束してくれたし、何とかなるかも。
二年前から一緒に暮らしている彼は二十歳も年上だけど、気が合ってとても頼りになるわ。
今度の一件も、彼に相談しておいて本当によかった。住田不動産が知り合いだったなんて、何という幸運かしら。
一応契約書は交わしたので、とにかく頑張るわ。私にだって家賃を払えるくらいの余裕はあるから大丈夫よ。
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