【前回の記事を読む】娘が家を出て、10歳の愛猫と静かな“2人暮らし”に…ところが、家のドアや襖を取り換えた頃から、愛猫の様子に少しずつ異変が現れ…
1、にゃん太郎物語
あれ以来、智子ママがどんなに心配して僕を探していたか、猫の僕にはわかる訳がない。外の世界で生きていくことで精いっぱいの日々だったのだ。
それに、僕には、あちこち冒険する楽しみと同時に、何とか一人で生きていく術(すべ)も身に付けていた。
木々の葉が色付きはじめた満月の夜だった。
僕は涼しい風に誘われて、真夜中の散歩に出ていった。すると前方に、久しぶりに神出鬼没の“ボス猫”を見つけた。
「待ってよー」
彼の後を追って道路を横切ろうとした時、猛スピードで走ってくる車が見えた。
急いで向こう側に渡ろうとした。
キキキキィーッ! 一瞬何が起こったのかわからなかった。
車のブワーンと走り去る音とともに、僕は草むらに転がり込んだ。
急に左足に火がついたような痛みを感じた。骨が折れたかもしれない。しばらくは動けず、じっと痛みに耐えながら、左足をペロペロと舐め回していた。
どれくらい時間が経っただろうか。東の空が白々としてきた。
これまでの記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、智子ママの顔が見えた気がした。
僕が園田家の家族として暮らしたことや、智子ママや芳江さんの顔も、みんな思い出した。
僕がこの世に生まれてきたのは、僕の人生(いや猫生)を人間と一緒に楽しむためだったのだと、その時悟った。
優しい家族に出会えたことが、僕の本当の幸せなのだ。人間にはなれないが、やっぱり智子ママと一緒に暮らしたいという思いが、たまらなく強くなってきた。
こうなったら仕方ない。智子ママの家に帰ろう。
きっと何とかなるさ。僕を助けてくれるのは、ボス猫ではない。
飼い主の智子ママなのだ。
僕は勇気を出して、智子ママの家、いや僕の元の家に戻ることにした。