「夢ですね……」麻田がつぶやいた。
「アフリカはたしかに夢ね」
「行かれたことは?」
「エジプトだけね」
「赤道さんでも、アフリカは夢ですか」
「そうね。次回は早くても二十年後かな……」
「え、二十年も経ったら……」
麻田は慌てて口をつぐんだ。赤道の歳で二十年後というのは、あるのか。
「今生(こんじょう)じゃないのよ。来世。だから早くても二十年ね」
赤道は愉快そうに笑うと急に黙り、麻田の斜め上を見た。
「あとね、あなた九州に縁があるはずよ。それなら近くていいわね」
「そうなんですね? 九州に行けばいいんですか?」
「必要なときに呼ばれるわ」
「行ったら何があるんでしょうか」
「さぁ。そこまではわからないけど、いいお話だと思うわ」
3
霧谷は緑色の浮標を左舷に見ながら南へ舵を取っている。海に初夏の光が落ち、風は潮の香りを孕(はら)んで温かい。霧谷の二十七フィートの船は横浜のマリーナを出ていま横須賀沖にいる。キャビンには霧谷の操舵席のほか、麻田が座る防水のソファがある。
麻田は窓から曇り空の下の海を眺めている。ふたりは三浦半島の先の剱崎(つるぎざき)まで行き、カンパチを釣る。
麻田はさっきから霧谷に赤道の話をしていた。赤道がスピリチュアルなこと、そして例の「旦那も自分も長旅に出て別れた」というくだりで霧谷が食いついてきた。
「クリミナルな過去がありそうだな」
「犯罪ってこと? どうして」
「男の勘さ。その人、理由は説明したか」
「いや」
「ほーら」
「でも、おれが聞かなかっただけだよ」
「なぜ? ふつう、そこだろ。聞くなら」
「なぜって……」
「聞けない空気だったんじゃないか」
それは否定できない。だが、「クリミナル」というより、ふつうに考えて「ミステリアス」だろう。
次回更新は9月15日(火)、11時の予定です。
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