「なぜ、これを買われたのですか? この本のどこが気に入ったのですか?」

「珍しかったからですよ、紙が……」

ディビッドは本を持ち上げると、俊郎に視線を向けた。それを手放した今でも自分のものであるかのように……。

「紙? 紙がですか?」

「そう、紙。これはね、雁皮紙(がんぴし)といって和紙の一種で、銅版画を摺って、一枚一枚丁寧に台紙に貼っている。雁皮紙を使うと、細かい線の一つひとつがはっきり表れますからね。だから、この版画はこんなに綺麗なんです」

ディビッドは本を開くと、口絵の版画のページを指でつまんで見せた。

「なるほど、雁皮紙を使った銅版画ですか」

「いや、それだけじゃない。この装丁の技術はなかなかなものですよ」

「というと?」

ディビッドの説明を俊郎は驚いて聞いていた。

「この本の表紙は、モロッコのなめし革です。紙の小口には金箔を貼って、フランス綴りで製本してあります。こうして本を閉じた時、上の部分を「天」というのですが、そこに絵が描かれていますが、分かりますか?」

ディビッドは開いている本を片手でパンと閉じると、天の部分を俊郎に向けて見せた。

「どうも風景画のようですね?」

「ええ。これも本の装丁では伝統的な技法です。そして題字は『庭園の物語』と金文字で刻印されていて、とても丁寧な仕事です」

ディビッドは本を手の中で回し、それぞれの部位を指で示しながら説明した。

「ところで幾らでした? 書店の主人、高く値を付けてたんじゃないですか?」

ディビッドはニヤリとしながら、俊郎の顔を覗き込んだ。確かに、安い買い物ではなかった。

「いや、別にそれはいいんですけど……。それより、ここに発行人として名前のある今泉龍平は、亡くなった僕の父なんです」

「えっ、本当に、あなたのお父さん……」

ディビッドは大袈裟に驚く素振りを見せた。

「僕も父が上海に居たことがあるとは、今まで知らなかったものですから驚いているんですけど……。それで今日は何か上海でのことをご存知ないかと、伺いたくて来ているわけなんです」

そう言い終わらないうちに、俊郎は懐(ふところ)から名刺を取り出して手渡した。

「もう何十年も前のことですし……」

「それはそうですけれど、当時のことを何でもいいですから」

「わたしも、古道具屋で買い物をしただけですからね」

「何ていう店ですか?」

「それが知りたければ、ここにありますよ」

そう言って、壁に掛かっているモノクロ写真を指差した。それは紛れもなく、戦前の中国の市街地を撮影したものである。店の入口脇に置いてある露台に腰掛けた、辮髪(べんぱつ)の中国人が、長いキセルで煙草を吸っている。「太平旧器具店」という看板が見える。要するに太平古道具店という名の店である。

 

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