直保は政子につかみかかると、「この馬鹿者!」といきなり政子の頬(ほほ)を引っぱたいた。
直保の剣幕に、仁は火がついたように泣いたと思うと、「叔父ちゃん、叔父ちゃん、やめて! 母さんをぶたないで!」
泣きながら直保に飛び掛かった。直保の目からも大粒の涙がこぼれた。
「ああ姉さん、何やってるんだ! 子供たちにこんな思いをさせて!」
「直保、ごめんね。子供たちのためにも早く正式にKと結婚しなければね」
「馬鹿野郎! あいつは妻も子もある特攻くずれの愚連隊じゃないか! あんな奴のどこがいいんだ! 結婚なんかできるはずないだろ? それだけは許さないぞ! 結婚して、子供を捨てるって言うのか?」
「直保、聞いて! 結婚するのは子供たちを守るためです」
政子は馬鹿がつくほど素直な女であった。
不倫をする男が100%口にする、「女房とは別れる」という言葉をそのまま信じていた。
「姉さん、どこまで馬鹿なんだ! まさか、あの男の言うことを信じてるのか? 第一、あいつとの生活は、子供たちのために絶対良くない。だからこうして仁が逃げ出したんだろ? 可哀想だと思わないか? 母さんをみすみす嫌な男に取られても、ちっちゃい仁はどうすることもできないんだぞ! ほんとに……」
ここまで言うと、直保も大声を上げて子供のように泣き出した。
大好きな姉はいったいどうなってしまったのか? 戦争で家族を失い、二十歳で家のことを采配せねばならぬ直保も限界だった。
「直保ちゃん、ウチはいいのよ。仁ちゃんはしばらくウチで預かるから。そんなことより」
珠子は腰を落として仁に向き合うと、ジッとその目をのぞき込む。
「仁ちゃんは一生懸命、珠子おばさんのウチまで一人で来てくれたんだものねぇ。えらいぞ! 珠子はあんたをうんと褒めてあげるよ」
珠子の励ましに仁は泣きやもうとするが、ヒックヒックと泣きじゃくりが止まらない。直保も深呼吸して両肩を上げ下げしているばかり。