【前回の記事を読む】世界遺産である山口県・萩の城下町を散策…旧武家屋敷が立ち並び、和服姿の男女が目立つ。江戸時代に迷い込んだようだ。

プロローグ

まもなく澄みきった青空の彼方に銀色に輝く点が現われ、みるみる近づきルーフが桃色で車体が銀色の流線形をした自動運転の空飛ぶタクシー、エアーキャブが如月の近くに舞い降りてきた。

鳥が翼を広げるように左右のドアが上に開き満面の笑みを湛えたソフィアが降りてくる。

「十時三十分ジャスト。流石(さすが)にエアーキャブは正確だね」

如月が微笑みながら近づいていく。ソフィアが下車すると、エアーキャブはゆっくり上昇・旋回してスピードを上げ、巻雲(けんうん)(すじ雲)を抜けて空の彼方に消えていった。

二〇三一年、反重力装置が実用化され僅か数年で交通網の主流は陸上から空に移った。航空機も滑走路や翼が不要になり、重力という障壁がなくなり燃費やスピードも大幅に改善された。

加えて乗物の大半がコンピュータ制御の自動運転に代わったことから、貨物輸送のタイム・スケジュールも正確になり交通事故も激減した。

ソフィア・ホワイトはシアトル科学大学医学部ウイルス研究科教授で歳は如月と同じ五十八歳、ウイルス学を担う最先端の研究者の一人で、巨大ウイルスを研究材料として遺伝子のウイルス起源と生物進化との関わりについて鋭意研究を進め、数々の業績を残している。

水曜から三日間、国立京都国際会館で開催されていた国際ウイルス学研究会に参加したホワイトは、最終日の夜も学者仲間との交流を深めて館内のロッジに宿泊し、翌土曜日の朝九時半にエアーキャブを予約して如月の待つ萩に向かったのだ。

京都から萩まで約六百キロ、エアーカー(空飛ぶ自動車)が実用化される前は山陽自動車道を経由して約七時間かかった。それが今は一時間で着くことができる。

如月とホワイトは五月初旬、オーストラリアのシドニーで開催された、四年ごとに世界の主要都市で開かれる国際医薬アカデミー学会に参加して以来五ヶ月振りの再会だった。