数年前から世界中を震撼させている感染症は、生活だけでなく人々の意識をも変えてしまった。ある者は、神経症的に小さな悪を排除することに躍起になり、またある者は、小さく身をかがめ他者との距離をとった。

接触から非接触へ。リアルからバーチャルへ。息が詰まることさえ日常化し内面化された。会社も工場も学校も、あらゆる職場環境が変わった。それに伴い、当然ながら仕事のあり方も変わった。

パンデミックの二年目と次郎の退職年度が重なり、あらゆる会合が中止かオンラインになり、歓送迎会も退職者慰労会もすべてなくなった。人々のつながりは希薄化した。というより、手触りの薄い別物に変わった。

次郎は十日ほど前に新型コロナウイルスに感染した。オミクロン株という変種である。いったいどこで感染したのか。

定年退職後に再任用教員として新たに赴任した高等学校と自宅の間を自家用車で往復するだけの生活である。

人混みを歩くことも居酒屋に立ち寄ることもない。職場で世間話をする相手もほとんどいない。たまにコンビニエンスストアに立ち寄ることもあるが、そこでも細心の注意を払っている。

マスクをつけ、手指消毒を欠かさない。それが社会からの要請だからだ。ましてや今は、夏季休業中であり、生徒との関わりもないし、職員室は閑散としている。

にもかかわらず感染した。

七月のある日、仕事から帰ると、体がだるく、さらには激しく咳き込んだ。体温計で測ると三十九度ある。

まさに第七波の真っ最中である。妻がコロナ感染を疑い、懇意の調剤薬局からようやく回してもらった検査キットを試みた。案の定、陽性であった。

あちこちの医療機関に電話してもつながらないか、診療を拒否された。医療機関は完全に麻痺している。空いているベッドなどどこにもない。

市にLINEで感染報告をすると、さまざまな指示が送られて来た。あれこれ書いてあるが要するに、感染後十日間は自宅療養せよ、一切外出するな、解熱剤を飲み寝ていろ、幸運を祈る、ということである。

次郎は、娘の部屋だった西北向きの六畳間に隔離され、一日三回、妻がドアの前に膳を運んだ。熱は三日で下がったが、その後七日間自宅療養した。

だから夏草が伸び放題になった。

枝豆や人参など背丈の低い作物は、勢力旺盛な夏草たちに覆われてしまった。馬鈴薯収穫後の畝(うね)などは、まだ肥料が残っているため、丈の高い雑草が我が物顔に繁茂している。

まったく手に負えない。次郎は旺盛な生命力に対し、激しい苛立ちを覚えた。ふざけるな。いい加減にしろ。調子に乗っているんじゃないぞ。

そう呟きながら草刈機のスロットルレバーを深く握り、高速回転する刃を当てると、彼らは面白いくらい次々となぎ倒されていく。

 

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