それでもしばらくの間は、「女のコックなんて」と、陰口を叩かれることも多かった。しかし、殿村はまったく気にしなかった。新しく幸乃を雇ったのも、コックの仕事に専念できるように、ということなのだろう。
この山荘には、私たちの他に五人の青年がいる。殿村の『部下』ということだが、そのうちの一人がこの間東京に行った折り、完成したばかりの『東京タワー』に登り、地上333メートルという高さから見た眺めの素晴らしさを、私と幸乃に話してくれた。
だが、私が今一番行きたいのは『東京タワー』よりも、銀座の洋食店だ。殿村が一度、私の作ったビーフストロガノフを食べて、
「うん。これなら、銀座の洋食店にもひけを取らない」
と、言ったことがあり、それ以来私にとって『銀座の洋食店』は、憧れてやまない夢の場所になった。いつかお金を貯めて食事に行こう。そして、ワインとフルコースを頼むのだ。もちろん、そんなことは誰にも言わない。幸乃にも、だ。
しかし殿村は気づいていたのだろう。先日、書斎に珈琲を運んだ際、
「これが、銀座の洋食店だよ」
と、彼が観ていた8ミリフィルムを、わざわざ巻き戻してくれた。
「この料理店の店長は知り合いでね。タペストリーの裏に、小型のカメラを忍ばせたんだ」
殿村は何食わぬ顔でそんなことを言った。
壁のスクリーンに映っていたのは、氷の城を逆さにして、天上から吊るしたようなシャンデリアと、その下をワルツでも踊るような優雅な身のこなしで歩き回る、白い詰襟服のボーイたちだ。
だがもちろん、このフィルムは、銀座の一流店を記録するためのものではなかった。それだけの目的で、店のタペストリーに細工などしないだろう。カメラの焦点は、すぐに店で食事をしている、三人連れの客に絞られた。
一人は、四十前後と思われる、非常に知的な感じのするスマートな紳士、それから十五、六歳くらいの、きりっとした面立ちの美少年、そして綻びかけたチューリップのように愛らしい、十八、九のお嬢さんだ。
この山荘で働く者の一人として、私は彼らのことをよく知っていた。名探偵として知られた明智(あけち)小五郎(こごろう)、そして彼の若い助手である小林芳雄(よしお)と花崎マユミである。
青年たちは、週に一度、山荘から一時間ほど車で下った村まで、庭の畑で採れる野菜以外の食材や、日用品の買い出しにいく。彼らはその際、新聞や雑誌なども一緒に買ってくる。
【イチオシ記事】「実はゴムに穴を空けておいたの。父のアドバイスで」女に嵌められた──妊娠も嘘ではと思って、病院についていくと…
【注目記事】妹の夫から求められた時、抵抗はしなかった。獣のような音をリビングに響かせていると、2階から妹が下りてきて…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp