第一章 お化けの見える少年

「笙子(しょうこ)さん、雪です。雪が降ってきましたよ」

山荘の厨房で、夕食の支度に取りかかっていた私のところへ、幸乃(ゆきの)が頬を真っ赤にして戻ってきた。裏庭の貯蔵庫から取ってきた野菜を、両腕いっぱいに抱えている。

「本当? どうりで冷えると思った」

受け取った野菜を流しで手早く洗う。一年中治らないアカギレに、氷のような水が浸みた。

「十月に初雪だなんて、うちの田舎でもこんなに早くは降りませんでしたよ」

「ここは山梨県でも標高が高いから、東北地方より寒いのかもしれないわね」

幸乃は福島の生まれだ。日頃、お国言葉を使うのは控えているようだが、五歳年下の少女の口から、時折飛び出す東北訛りはとても愛らしい。ついさっきも、「早く」を「早(はえ)ぐ」と言ってしまったのをすぐに訂正したのが、なんとも微笑ましかった。私は、二十一になったばかりだが、幸乃と一緒にいると、自分がずいぶん年を取ったような気がする。

「わあっ、立派なお肉ですね! 今日の献立は何ですか?」

流しの脇に置いた、赤ん坊の頭ほどもある牛のランプ肉を見て、幸乃が眼を丸くした。

「珍しく、ビーツの缶詰が手に入ったから、ボルシチを作るつもりよ」

「ボル、シチ?」

「ソ連の郷土料理の真っ赤なシチューなの。殿村さんが、戦前に現地で食べて以来の大好物なんですって」

殿村というのは、この山荘の主人の名だ。私は元々女中として彼に雇われたのだが、先々月、コックの中原さんが急病になってからは、厨房の仕事も兼ねるようになった。幼い頃に母が亡くなったので、炊事は妹と分担しながらずっとやってきたが、ここでの食事は洋食がほとんどだ。

だが、私は「きちんとした洋食」というものを、これまで数えるほどしか食べたことがなく、始めのうちは、ホワイトソースが「すいとん」のようになったり、カツレツを揚げると、泥道を歩いた藁(わら)草履(ぞうり)のようになったりした。

これではすぐに、ただの女中に逆戻りだと一念発起し、中原さんがノートに残していた料理法のメモを暗誦できるくらいまで読み返して、ようやくとろりと滑らかなホワイトソースや、黄金(こがね)色のさっくりしたフライ料理を作ることができるようになった。