三学期の終業式が終わると、四月からの部活に向けて初めての顧問会議が行われた。
監督は別府公二郞先生で、コーチに平田明男先生と外川久美子先生。そして、元気だけが取り柄の私、内野由紀もマネージャーという肩書きでチームに加わることになった。
バレー経験者の平田先生が監督かと思われたが「俺、年だし腰が悪いから」と、コーチの立場に収まった。
もう一人の経験者、外川先生は「私、女子だしー」と、ニッコリ笑顔を見せた。普段は男子生徒を圧倒する迫力の久美子先輩らしくもない。
結局、バレーボール専門ではないがスポーツ万能の体育教師、別府先生が監督に就任した。
確か平田先生が五十五歳、別府先生は三十四歳、外川先生は二十代(後半)だ。
こうして迎えた四月。始業式の翌日、全校集会で校長先生から男子バレー部立ち上げの説明があった。選手として男子生徒を募集すること。来年に開催される障スポ出場を目指していることが説明された。
『出場を目指している』というのは、実は不正確で開催県として障スポに出場することが決まっている、というのが正しい。
「出なければならないので、何とかしてバレーボール部を」というのが本音だろう。
生徒の反応は鈍く、歓声どころか囁き声さえ聞こえてこなかった。寝耳に水、生徒の誰もがポカンとしていた。
同日付けで部員募集に関する文書が配られ、提出期限は四月十二日と示されていた。本校の男子生徒でバレーボールの経験者はいないはずだが、いったい何人集まるのだろうか。