戦争の足音

戦争の暗雲が、ついに樺太にまで立ち込めてくる。

父は、結婚前、“死病”と言われた「結核」から奇跡的に回復していた。

このことが影響したのか、兵役検査の結果は“丁種(ていしゅ)“(甲乙丙丁は順序や等級を表す言葉で、成績表でも甲が一番良く丁が一番悪い)。

「結婚前から“亭主”か?」と友だちには冷やかされたと言う。ただ、父の兵役免除は、家族にとって後々まで幸いなことだった。

この頃、多くの人が徴兵され、戦場へと送られた。牧場の従業員も次々と徴兵された。

人手不足になったため、父は私の誕生4か月後の8月に樺太庁を辞し、牧場の代表となった。父も母も朝4時半から乳牛の乳搾りにあたった。

一日でも休むと乳牛は「乳腺炎」を起こす。1人で何頭も搾らなくてはならなかった。

数年前まで、英文科でシェイクスピアを読んだり、ドイツ語で「野薔薇」を歌ったりしながら、友人との寄宿舎生活を楽しんでいた母。

「こんな生活になるなんて」と思っても不思議ではない。

しかし、繰(く)り言(ごと)(ぐち)を言うような母ではなかった(生涯、母から繰り言を聞いたことはない)。

一方、父は、牧場で生まれる仔牛の販売網を、樺太全島はもとより、北海道にまで広げようと、詳細な血統書をつけるなどして頑張っていた。

 

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