【前回の記事を読む】父の最悪の“英語の授業”…「箸は英語で?」兄はいつも答えられず、風呂場に連れていかれた。鼻血で部屋を汚さないための風呂場へ…
第二章 自立
いつも作るのはただ材料を煮るだけのお鍋だ。
父さんの鍋は食材を何も下処理せずに、何もかも鍋に入る大きさにぶった斬りにして、内臓も骨も、根っこも芯も、頭も尾も一緒にグツグツとひとつ鍋で煮込まれる。
見た目は例外なく茶色一色のドロドロで、それはまるで地獄絵図だ。誰も好んで食べようとしないビジュアルなので、大鍋いっぱいに煮込まれた食べ物はいつも全く減らない。
父さんはこんな料理を「材料が良いのにこのまま腐らせたらもったいない。割り当てるから全部食え」と言い、私たち子どもに自らよそって食べさせるのだ。
それでも鍋はなかなか減らないので、最終的にカレー粉を入れて、“カレーライス”として食べさせられる。「子どもはカレーにすれば何でも美味くなるから食えるだろ」。お鍋の中身がカラになるまで同じ食事が延々と続く。どんなにまずくても食べきらなくては殴られる、地獄の食卓から逃れる術などなかったのである。
あれは私が小学三年の正月。お歳暮にいただいた尾頭付きの鯛が父さん特製鍋の材料になった。鯛はカチカチに冷凍されていて、解凍を待つことができなかった父さんは、凍った鯛を丸ごとそのまま鍋へ放り込んだ。鯛は鍋の中で段々と溶けるとそのまま跡形もなくなるまで、白菜やら人参などと一緒に土鍋の中でグツグツと煮込まれた。
できあがったお鍋はひと口食べると口の中に残る無数のウロコが不愉快極まりなく、物食いが良いと常日頃から父さんに褒められていたさすがの私でも飲み込むことができないほどの、最強のまずさに仕上がった。誰も食べないので、父さんはいつものようにカレー粉を投入し、鍋の中身はカレールウへと変身した。
これがのちに伝説となる「我が家のウロコ入りカレー」の誕生だった。
ひと口食べれば唇からウロコを一枚一枚取り出す時間の方が長く、全く食事どころではない。まずい料理を食べない父さんも自分が作った料理を残されるのは不本意で、いつもは必ず食べ切るのを確認するのだが、今回ばかりは残さないかどうかを見張るにも、子どもたちがウロコを口から出す哀れな様子をずっと見てはいられなかったのだろう。
「いいか、絶対に残すなよ、全部食っとけ」。そう言い残すとサウナへ出かけて行った。