女ハイツデモ此手ニカヽルナリ
さて、『リチャード三世』第一幕第二場に戻って、リチャードとアンの言い合いをもう少し追っておこう。
「非の打ちどころだらけの疫病神」とののしられたリチャードがアンに「言葉では言い尽くせないほど美しい人」と返し、これに対してアンが「心には思い描けないほど醜いやつ」とまた罵倒で返すという、奇妙に激烈なやり取りがしばらく続いてから……
リチャード
あなたの美しさが、手を下させた張本人。あなたの美しさが私の眠りに取り憑いて、一時間でもいい、あなたの優しい胸で生きられるなら、世界中の男を皆殺しにしたいと思わせたのだ。
アン
そうと分かったら、ああ、人殺し、この爪でその美しさを私の頬から引き剝むいてやる。
リチャード
その美しさが破滅する様をこの目は見てはいられない。私がそばにいる限り、汚してはなりません。この世が太陽の恵みで生きているように、私はあなたの美しさを糧(かて)にしている。私の真昼、私の命。
〔中略〕
リチャード
あなたから夫を奪った男は、もっといい夫と娶(めあ)わせるためにそうしたのだ。
アン
あの人に優る男がこの世にいるわけがない。
リチャード
生きているのだ、あなたをもっと愛している男が。
アン
その名は。
リチャード
プランタジネット。
アン
まあ、あの人のこと。
リチャード
名前は同じだが、人格は上だ。
アン
どこに?
リチャード
ここに。
(アンは彼に唾を吐き掛ける)
「プランタジネット」はランカスター家のボリングブルックことヘンリー四世によって終止符を打たれた王朝の名ではあるが、同時に、ヨーク、ランカスター両家が共に連なる姓でもある。
由緒正しいこの名へのリチャードのこだわりがここに示され、かつそれがアンによって最高度の侮辱を受けたわけである。
その横の余白に漱石はこう書き入れている。
Glosterノ罵ラルニモ関セズ怒ラザルヲ見ヨ
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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