【前回の記事を読む】製品は多く、景気の好不況にも左右されにくい……しかし、1人の担当者が多品目を抱え込む会社特有の、深刻な悩みとは

野望の果てに

「ハイ、すでに何社か候補を絞っています」

「後日、私も勉強したいから詳しいことを説明してください」

「了解しました」

前澤は部長が事業部の成長分野である食品機器部に興味を持ち、首を突っ込みたい気持ちを察したが、反面余り深入りはしてもらいたくないとも思い、内心いささか動揺した。

長谷川が一通りの自己紹介が終わったので総括として

「短い時間に皆さんから簡潔に自己紹介をしていただいたので、事業部の抱える問題点や、皆さんが取り組んでいる業務の一端を知ることが出来、非常に有意義でした。本日は初回ということで、せっかく用意してもらいましたが営業報告書は後でじっくりと目を通させてもらいます。何か質問はありませんか?」と長谷川は出席者全体を見渡した。

すると、マリン設計の塚口が右手を上げて「いいですか」と声を発した。

長谷川が手前に座っている塚口に対して「どうぞ」と言って少し身構えた。

「部長の経歴で、オハイオの大学を卒業されたと伺いましたが、学部は何ですか? 

又卒業後、遠縁に当たる日本企業の切削工具を市場開拓されたとおっしゃいましたが、そこの事務所は何名で構成されていたのでしょうか」

「塚口さんのご質問ですが、大学は経済を専攻しました。手前味噌になりますが私の家庭は留学させるほど裕福ではなかったので、当時のフルブライト奨学金で何とかやりくりしていました。そしてオハイオの事務所ですがアシスタント、事務員を含み3名の所帯でした。だから、このような日英商会のような大きな組織で働くのは初めてです」

「ありがとうございます。日英商会のようなインターナショナルな組織は、決してエリートの集まりではなく雑種の集合体ですから、結構癖がある社員がいると思います、束ねていくのに苦労もあるかと思いますが、経営母体は英国資本の保守的な体質で、社員を大切にする気風があります。私たちも部長をサポートしますのでご安心ください」

長谷川は塚口の一癖ありそうな言葉に表面的には少し和らいだ表情で「温かいお言葉を頂戴して感謝します。他に質問・意見等ありますか」と見渡したところで、産業資材部長の内田がいつものゆったりした口調で「よろしいですか」

「どうぞ」

「オハイオの拠点で切削工具の市場開拓をされたと伺いましたが、それは最終ユーザーへの売り込みをされたのか、又は地区の販売網を構築するのが主な仕事だったんでしょうか?」

「何分、小さな所帯でしたから最終ユーザーへの接触は到底無理で、もっぱら地区販売店候補を開拓するのが日常の仕事であり、広大な国土をカバーすることは難敵でした。だから北米の東部地区を中心に売り込みをしました」

「なるほど、大学を卒業されてから経験のない業務に携われた事で苦労があったと思いますが、どなたか知り合いの手助け等はなかったのですか」