【前回の記事を読む】他人からの評価は「良い子」・「勉強のできる生徒」——でも、実際は違った。受験は母の言いなりで、本当の私は……

12.手を変え品を変え

いつの間にか成功だけに気を取られて世間一般の成功が人生のレールを乗っ取っている。

私が走っているのではなくレールが私を走らせている。私は勝ってきたのではなくて人を蹴落として脅して相対的に自分の順位を上げてきただけだ。

そして、1番最悪なことに気づいてしまった。

人の支配と操作。外面の良さ。内側の醜さ。玄関を閉めた瞬間から別人になる技術。

私が1番憎んだものを私は一番上手く使っていた。

無意識のうちに。

気づかぬうちに。

本山優子の娘として生まれたことは変えられない、本山優子の娘のまま死ぬつもりはない、と言い続けてきたが、気づいたら本山優子そのものになっていた。

遺伝子だけじゃなく思想まで引き継いでいた。最悪の形の相続だ。相続放棄したかったのに気づいたら受け取っていた。気づいた時にはもう使い込んでいた。

本山優子のやり口を思い出してみる。

外では完璧な母親を演じ、内では子を管理する道具として扱い、都合の悪いことには目を瞑り、失敗した時には「私がこれだけ環境を整えてあげたのに」みたいなことを言う。

その言葉が今、私の口から出ている。事務所のスタッフが「ご縁ですよね」と言った時に私は内心でせせら笑った。笑いながら「本当ですね」と言った。演じながら心の中でバカにしていた。

それのどこが、あの人と違うんだ。

参観日に清潔なワンピースを着て先生に媚を売り、家に帰れば豹変した本山優子と、カメラの前で感謝の涙を流しながら楽屋で他人の弱みを値踏みしている本山千晴と、何が違うんだ。

遺伝子はとっくに貫通していた。血は争えない、という諺の意味をこんなに身に染みて理解した夜が過去にあっただろうか。ない。なかった。なかったから今夜が1番最悪だ。骨の髄まで、本山優子だ。

本山優子の娘のまま死ぬつもりはない。

その言葉は今夜、意味を失った。

本棚を見た。暗がりの中で背表紙が並んでいる。読んだもの、読んでいないもの、読んだつもりになっているもの、読んだがもう内容を覚えていないもの。全部混ざって並んでいる。外から見れば同じ背表紙だ。区別がつかない。中身がどうであれ棚の上では等価だ。

私の本棚みたいな人生だ。

外から見れば充実している。整然と並んでいる。でも中身は混沌だ。読んでいないものが読んだふりをして棚に収まっている。本当のことは本の中にしかない、かつてそう思っていた。今は本の中にも本当のことがない。どこにもない。