「イエスタディ」を聞きながら

私は商店街に戻って買い物をすませると、急いで今来た道を戻った。すでに中学校の校門に生徒の姿はなく、担任の中山先生が門を閉じて鍵をかけているところだった。私は気付かないふりをして通り過ぎようとしたが、案の定見つかってしまった。

「こんな時間まで制服着て何しよん。はよ帰んなさいよ」

「ちょっと買い物があって、商店街のほうまで行っただけです」

私は先生が進路について生徒と個別面談をすると言っていたのを思い出した。そうだ、「てる」は今日がその日だったのかもしれない。彼女は社会以外の成績もまあまあいいみたいだし、行きたい公立高校に行けるだろう。けれども大学はどうなんだろう。国立でもそれなりにお金がかかるのだろうか。奨学金制度もあると聞いたことがあるけれど。

中学二年のその後のことは、今ではあまり覚えていない。

ただこのときのクラスは、男女関係なく仲がよかった。みんながふざけすぎるので、中山先生はときどき鬼の形相で怒ったけれど、ふだんは穏やかな笑顔の人だった。クラスに優しい人がたまたま多かったのもあるだろう。いじめにつながるような動きがあれば、平井君が真っ先に「そういうの、かっこわるいやろ。やめようぜ」と言ってくれた。

思春期だから恋愛はある。私は悪い仲間に好きだった女の子への気持ちを勝手に本人にばらされた。彼女は頬を赤く染めながら「ごめん、ほかに好きな人がいるの」と言った。

別に返事など求めていなかったのに、みんな余計なお世話過ぎる。私はそれなりにショックだったけれど、平井君を含め仲間は腹を抱えて笑った。クラスは不思議な一体感に包まれていた。

三月の終わりに終業式があった。式後にはみんなで小さなお別れ会をした。後で聞いた話だが、解散して男子が帰った後に、女子はクラスに残ってこの一年の思い出を振り返ったらしい。ビートルズの「イエスタディ」をかけてみんなで泣いたそうだ。男子もその場にいたら、誰もが泣いたにちがいない。それくらい思い出深い一年だった。

それだけに武藤照子の死はショックだった。平井君にしても相当ショックだったからこそ、突然電話をかけてきたのだろう。

私は引き続き、歩いて中学校をめざした。大通りを渡るとあたりは静かになり、ほどなく右手に平井君と「てる」が通った高校が見えた。三人が通った中学校はすぐその先だ。

自分が通った高校の変わりように時間の流れをかみしめたはずが、このあたりはほぼ何も変わっていなかった。タイムスリップしたかのようだ。

忘れ物した文房具を買ったり、帰りにこっそり買い食いした雑貨屋も当時のままに残っている。部活に少し遅刻しただけで何週も回らされたグラウンド。校門横の体育館。三学年四五クラスを飲み込んだ三棟の校舎。建物をつなぐ空中渡り廊下も当時のままだ。

そうだ。あの場所に行ってみよう。校門の前を通り過ぎ、商店街に向かう道をめざす。途中には見晴らしのよい広い通りができていて時間の経過を感じたが、商店街自体はあまり変わっていなかった。少し胸をなでおろしながら歩を進める。

アーケードの向こうに、あの日見た団地はなかった。代わりにクリーム色のマンションが立っていた。あるのは二棟で敷地にも余裕がある。そうだろう。当時から古かった上に火事となれば、建て直すのも無理はない。

次回更新は8月12日(水)、11時の予定です。

 

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