よし子は、その言葉を、胸の中で、そっと繰り返した。

雅彦は、一度も、言わなかった。前の奥さんのことも、命日のことも。ひとりでお墓へ通っていることも。

(言ってくれても、よかったのに)

そう思って、よし子は、すぐに、自分を恥じた。

亡くなった奥さんを偲ぶのは、当たり前のことだ。雅彦は、優しい人だ。それを寂しがるなんて、私は、なんて心の狭い女だろう。私だって、毎朝、正志に手を合わせているのに。

(分かっている。分かっているのに……どうして、こんなに、胸が痛むんだろう)

亡き人を想う雅彦を、責めたいわけではない。ただ――雅彦の人生に、よし子の知らない長い時間が、真由美と過ごした幸せな歳月が、確かにあったということ。その事実が、よし子の胸を、しずかに、締めつけるのだった。

その夜、布団に入ってからも、よし子は、なかなか眠れなかった。

隣で眠る雅彦の、規則正しい寝息を聞きながら、よし子は、暗い天井を、じっと見つめていた。

(雅彦さんには、私の知らない時間がある。私の、入れない場所がある)

紅葉の散る音が聞こえそうなほど、しんと静かな、秋の夜だった。

 

 

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