【前回の記事を読む】「すごく大事にしてくれる人なんだよね…」彼は既婚者だと分かっていたが、恋してしまった。私は彼との関係を断ち切れず……

9.友だちを殺してまで

亀島は孤独だった。売れかけの孤独、という特殊な孤独の中にいた。それは本人も言っていた。話せる相手がどんどん減っていく孤独。その孤独の中で、大事にしてくれる人間が現れた。既婚だという事実より、大事にされるという事実の方が先に届いた。そういうことだろうか。

なんだかやりきれない、という感情が少しだけあった。

達成感も、確かにあった。情報の確認が取れた。次のフェーズに進む材料が揃った。使い時は今ではない。でも持っている。切り札というのは常に手の中にあることに意味がある。

でも達成感と同居している、このやりきれなさの名前が、うまくつけられなかった。

人間というのはこういう局面で感傷になる。なりやすい。

私はなりにくいはずだった。なりにくいように、長い時間をかけて自分を作ってきた。感傷はコストだ。感傷を持つ余裕のある人間がやることだ。私には余裕がない。余裕を持てるほどの地盤を、まだ作れていない。

だから感傷は余分だ。今夜の感傷は削除する。削除しなければならない。

そう決めた。

亀島は話し続けた。どれだけ気をつけていても関係がばれそうになった時の話。相手の妻から電話がかかってきた時の話。それでも会ってしまう自分の話。話しながら、少しずつ声が湿っていった。

私はただ聞いた。

ホステスで磨いた技術の中で最も基礎的な技術。ただ聞く。相槌と沈黙を適切な比率で配置する。人間は自分の声が好きだから、邪魔しなければ勝手に喋る。

本郷相手にやったことと、構造は同じはずだ。

亀島が「こんなこと、誰にも話せなかった」と言った時、声が折れた。折れながら涙が出た。亀島の泣き方は、派手ではなかった。静かに崩れる感じだった。声を上げるでもなく、ただ涙が出て、それを拭おうとしない。

私は背中に手を置いた。

さすった。ゆっくり、円を描くように。

手が動きながら、私はその手が何でできているかを知っていた。

計算でできている。情報を確保するための投資として、ここに来た夜だった。その手は計算の手だ。嘘でできた手だ。それは知っている。知っていた。

でも不思議なことに、帰り道に本を開く気になれなかった。