「分かる、すごく分かる」と彼女は言って、「座っていいよ」と向かいの席を示した。

こんなにあっさりでいいのか。外出の際でも戸締まりしない田舎の防犯意識のよう。ガバガバのセキュリティ。

だが、亀島という人間は、私の予測のわずかに外側にいた。

わずかに、だ。大幅に、ではない。誤差の範囲内ではある。

ただその誤差が、思ったより私の思考回路に引っかかった。引っかかったまま、なかなか外れない。靴に入った小石みたいに、踏む一瞬一瞬に存在をほのかに主張してくる。

対面に私を座らせてから先の彼女の言葉の密度が、私の想定した密度の2倍も3倍もあった。

その本の最終章の解釈について、彼女は私の読み方を丁寧に否定した。否定というか、別の視座を提示した。感情的にではなく、論理的に。作者の当時の発言を引用して、刊行年と時代背景を照らし合わせて、私の解釈の穴を丁寧に埋めていった。埋めながら、でも私の読み方の面白さも同時に認めた。その両立ができる人間が、この世にどれだけいるか。

どうしても顔という武器を持っている人間はそれ以外のことをないがしろにするケースが散見される。なぜなら、既にこの世界を生き抜くための生存に有利な武器を持っているから。今から武器を作り出す必要がないから。

だからこそ、芸能界には、顔にステータスを全振りして、知性のバロメータにポイントを振るのを忘れたような人間が大量に跋扈する。都道府県の位置もろくに覚えていないヤツや、九九がまともにできないヤツがごろごろいる。義務教育に留年制度がなくてよかったな。ドイツだったら、お前らは一生小学生だ。

それらと比べて、亀島と話す時間は建設的この上なかった。知識豊富でありつつも、頭でっかちになっていない柔軟性もある。そのことに私は多少面食らったが、表情には出さなかった。

だが、あくまでも彼女とはイーブンな関係を形成しなければならない。ここで相手に圧倒されて、屈服の表情を見せてしまえば、下の存在としてヘコヘコ媚びへつらう羽目になる。ホステスで磨いた表情管理を見せてやる。

いつのまにか彼女の食べていたうどんは出汁を吸い尽くして、雨上がりの運動場のようになっていた。ぬかるみと形容するのが一番近く、まさに原形をとどめていなかった。亀島はそれに気づいて、「やばっ」と軽く笑った。それほど彼女が話に夢中になっていたということだ。

次回更新は8月17日(月)、16時の予定です。

 

👉『who am I』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】あの時と同じ露天風呂…でもあの時よりもずっと深く、愛しあった。「もう1回だけ」と囁かれ、湯けむりのなか重なりあって…

【注目記事】「三人でシよう」彼が同僚を連れてきて言った。私はただの遊びの女で、愛し合っていると思っていたのは私の錯覚だった…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp