池袋(東京・豊島区)の駅前は最近徐々に変わり始めてきたが、タカセ洋菓子店は今でも千客万来、昔のスタイルのままで賑わっている。母親と訪れたその上階にあるレストランで海老フライとクリームソーダをごちそうになるのが一番の楽しみだった。
まだテレビも他の娯楽もない時代で、楽しみといえば風呂屋の資材置き場の脇の空き地に紙芝居屋がやってきて、黄金バットなどを演じていたのが懐かしく思い出される。
小学校の四年と五年の夏は、からだの弱かった母親に付き添って、湯治宿として評判の群馬の四万(しま)温泉で過ごした。ある夕、母親が風呂に行っていて留守の時に、遊び仲間で姉御肌の高校生があたりを窺いながら部屋に入ってきた。私一人でいることを確認すると、からかい半分だったのだろう、やおら浴衣の裾をはだけて太ももを見せつけてきた。
そしてじわじわと捲(まく)り上げていくと若々しい太ももが露わになった。まだ純真さが残っていた私はその光景を凝視することができず、下を向いて耐えていた。自分にとっての『ヰタ・セクスアリス』に進むチャンスであっただろうに、今となってはもったいないことをしたなと思っている。
おもいで巡り
思い立って久し振りに四万温泉を訪れた。全国的に進められている温泉街再生プロジェクトが最近テレビでよく紹介されているが、四万温泉もエリア全体がリノベーションされ、「四万ブルーの地ビール」や洒落たカフェレストランがちらほら、昔の湯治場に若い観光客も訪れるようになった。
今となっては珍しいスマートボールの店も健在だった。宿泊した「湯元四萬舘」はリニューアルをしたものの、懐かしい当時の面影を残して営業を続けていた。
翌日は昔の仕事仲間松下幸雄さんの運転で、日本のポンペイと称される高崎のかみつけの里博物館と復元された八幡塚古墳に立ち寄ってもらった。私の新しい探索の旅「北関東の古墳時代」の第一歩となった。