列車は6時頃ほぼ定刻通りにゆっくりと動き出した。ブーンという汽笛を鳴らし歩くような低速であった。というのも、出発線路の両側には、ぎっしりと貧民街が広がっていた。
住民達はお手製の手押しトロッコを押しながら、100メートル程の距離を行き来し、人や物を運んで商売している。汽車が通る時間帯以外は、線路そのものが彼らの市場になるのだった。
中央駅とは言っても当時のバンコクでは朝晩数本しか汽車は通らなかったので、万事このようにのんびりして別段何の規制もない夢のようなマイペンライの世界だった。
マイペンライとは“別に気にしない”の意味でタイ人の口癖のような便利な言葉である。
ともあれ列車は10分程徐行運転をしながら、やがて貧民街の外れの駅と思しき場所に停車した。30分程の停車中、ここで駅弁を買った後やがて列車は本格的に動き出した。
我々が乗った列車はチェンマイ行きの急行列車であった。列車は12時半頃ピッツァヌロークに到着した。
アピラック氏は日本の農林省、厚生省、通産省を兼ねたようなタイの民生局(英名でPublic Welfare Department)の技師長で局長の次に位置する高官であった。
彼はタイのことをいろいろ説明してくれた。
【イチオシ記事】「何も気づかなくてすみません…」彼はそう言って、彼女の唇を何度もついばんだ。だが胸が高鳴ったのは、キスのせいだけではなく……
【注目記事】2年間続いた不倫関係…飲みの席で発覚したのは、“自分はセフレでしかなかった”という事実。相手の男は他にも2人の女性と関係を持っていて…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp