タイのへそピッツァヌローク
「ちょっと早く着きすぎたな」まだ夜明けには大分間があった。フアランポーン中央駅の構内は電灯の淡い光が微かに感じられたが薄暗く、まだ人影はなかった。一応切符売り場を確認してから外に出ると、左手のほうに裸電球の灯りが見えた。
何もすることがないので近づいて覗いてみるとクイッタヨ屋だった。作業員とおぼしき4、5人の男の客が薄汚いテーブルの前に腰掛けてクイッタヨを食べていて、そのうちの一人が「旦那も来たんですかい」と席を空けてくれた。
「なんだ、お前も食べてたのか」
と言いながら私も彼の横に腰掛けると、早速店のおやじが「何にします?」と問いかけてきた。「ヤイナームルクチン、チャムヌンナ」〝幅広うどんかけつみれ入り一杯ね〟と私。
親父は黙って頷くと早速麺を茹で始めた。クイッタヨとはタイのうどんである。
米粉とタピオカ澱粉を混ぜてこね、薄く丸く伸ばして蒸したものを細く切る。そのうち、幅が1センチ程のものをセンヤイ(「線大」=幅広)と呼び、幅5ミリ程で生乾きにしたものをセンレック(「線小」=幅細)という。
これらは、鶏がらスープに入れるタイプと、スープのない甘辛いタレをかけるタイプに大別される。茹でた牛肉や豚ひき肉、つみれなど、好みの具をのせて食べるのが一般的だ。
私が注文したのはスープに入った幅広麵のつみれ入りの一杯で、正式には、
「クイッタヨ、センヤイナーム、ルクチン、チャムヌン」と言うべきだが、それを短略化して、「ヤイナームルクチン、チャムヌン」とタイ人並みに注文したのだ。語尾の「ナ」は、日本語の「ネ」にあたる言葉で、親しみを込めて使われる。
ただし、馴れ馴れしい響きがあるため、対等または目下の相手に対して使うのが一般的で、目上の人に使うのは失礼になる。
ともあれ最初の一杯が出来上がった。汚らしいテーブルの上にはおなじみの4種類の調味料が置いてあった。
まずナムプラー「魚醬」、ザラメ砂糖、赤とうがらしの粉、緑の唐辛子の輪切りを混ぜた酢である。スープは薄い塩味で出されるので、客はその時の体調や好みに応じて自分好みの味付けをして食べられるよう配慮されている。
私は、さじの先で少し味見をしてから、ナムプラーと酢を加え、唐辛子粉をひとつまみ混ぜて、自分好みの味に整えた。タイ人の多くが入れるザラメは入れない主義だ。
「ダシが効いているね。何か飲み物はあるかい」と聞いたら「オリヤンとコーラ」だというので好物のオリヤンにした(オリヤンとはタイ人が好むアイスコーヒーもどきのほろ苦い飲み物、私は大好きだった)。
オリヤンは一見アイスコーヒーに見えるが匂いはない。
しかし辛いタイ料理に口や胃がカーッと燃えたときに飲むと即、収まるのでタイでは必需品である。
「ところで旦那はこんな早朝からどこへ行くんですかい」と隣に座った運転手が話しかけてきた。「ピッツァヌロークだ」と答えると「えっ、あんなところに何しに行くんですか、何もありませんぜ」と言い、さらに「旦那はいったいどんな仕事をしてるのかと、いつもホテルの前で客待ちしてる時気になっていたんだ」と聞いてきた。
「ウン、特殊な大型の建設機械を売っているのさ」「えっ、ピッツァヌロークにそんな機械が売れるの?」「俺もわからないんだけど、今日、ある官庁のお役人が見せたい場所があるそうで、6時のチェンマイ行きの列車で一緒に行くんだ」「フウン、なんだかよくわからないけど、俺もそろそろホテルに戻らなくちゃ」