おばあちゃんちの思い出

小学生の時、毎年、夏休みや冬休みの長い休みになると、浜松に住んでいるおばあちゃんちに宿題を持って何日も泊まりに行っていました。

従姉妹たちと暗くなるまで外で遊んだり、ゲームをしたり、従姉妹との間で次の日に何をするのか手書きで計画を書くことが流行った時期もあって、計画書通りに進めていけると楽しかったのを覚えています。一緒にお祭りに行ったことは懐かしく、私にとって良き思い出です。

私は人見知りをしなかったので、従姉妹の友達や初めて会った子たちともすぐに仲良くなり、一緒に遊ぶこともありました。

従姉妹が小児喘息の為身体が弱く、入退院を繰り返して会えなかった時は寂しく感じていたのも覚えています。

少し走っただけでもゼーゼー聞こえたり、笑いすぎて咳き込んだり、ヒューヒューと喘鳴(ぜんめい)がしている時もあり、退院してから家で吸入している姿を見た時には「大丈夫かな? 苦しくないかな?」と心配になりました。

肝油ドロップを毎日食べているのを不思議に思い、従姉妹のお母さんに「いつも食べてるの何?」と聞くと、「栄養がいいから食べてみな」と言ってくれました。食べてみたら甘いグミのような感じで美味しくて、野菜嫌いだった私は「これで栄養取れるならいいじゃん」と思っていました。

長い休みが終わり、家に帰って肝油ドロップの話をお母さんにしてみたら「高いからダメ」と言われて、買ってもらえなかった記憶があります。なので、「おばあちゃんちに行ったら肝油が食べられるかも」というのも、密かに楽しみの一つになっていたのかもしれません。

今となっては自分の子供たちも肝油ドロップを食べてくれているのですが、2022年、年が明けてから毎月のように娘の体調不良が続いていた為、小児科通いが続きました。

薬を飲んでいましたが咳だけ治まることがなく、4月後半頃には喘鳴が聞こえ、夜になると呼吸も苦しそうでした。何度か咳上げで戻すこともあったので、急に怖くなり、救急車を呼ぼうか迷うほど心配で寝られないこともありました。

もし、私が起きた時に呼吸していなかったらどうしようとか、悪い予感しか頭に浮かばなくて......。

 

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自分ひとりで食べることすらできなくなった私。この姿を見た両親の気持ちを考えると…

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この記事を読んで、ご自身の「あの日」を思い出した方もいるのではないでしょうか。
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