その夜、布団の中で文庫本を開いた。主人公が傷つけられるページを読みながら思った。本の中の人間だけが、正直だ。痛みを痛みとして書いてある。嘘をつかない。現実と比べてあまりに直截で、短絡的かもしれない。でも、そこに欺瞞はなかった。

「美しき人間の日々」が、そこにはあった。

唯一の武器があった。

学力だ。

小学校時代、どれだけ孤立しても、どれだけ弁当を1人で食べても、テストだけは100点に近い数字を叩き出せた。

学校のテストなんて塗り絵をやっているようなものだったし、実際成績簿にはAの文字ばかりだった。カンストしたゲームキャラのようだった。

O中学に合格したという事実が、私の唯一の自己肯定根拠だった。友達がいなくても、母が狂っていても、私には頭がある。それだけは誰も奪えない。そう信じていた。信じていたのだ。

最初の数学の授業が始まった瞬間、私の世界は静かに崩壊した。

黒板に展開された内容が、全く分からない。何が起きているのか分からない。先生の言葉は日本語なのに、意味の繋がりが追えない。追わせてくれない。

周りを見ると、誰もが当たり前の顔でノートを取っている。余裕綽々そのもの。この速度が、この密度が、彼らにとっては普通なのだ。度肝を抜かれるとはまさにこのことだった。

私が週5日、夜11時まで塾に通い続けた結果がこれだ。合格最低点ギリギリで滑り込んだ私と、余裕をもって入学した彼らの間には、最初から埋めようのない溝があった。その溝は溝というにはあまりに深く、広かった。

初めての学内テスト。成績が出た。

学年順位を見た瞬間、頭が真っ白になった。下から数えた方が早かった。

あの日の感覚を何と表現すればいいか分からない。床が抜けるとか、視界が歪むとかいう比喩では全然足りない。

もっと静かで、もっと根本的な何かが崩れた。私はずっと信じていたのだ。どんなに孤独でも、どんなに理不尽な環境でも、頭だけは私のものだと。

しかし、そのプライドが、あっけなく陥落した。あの日を思い出すだけで胸に重いものが渦巻く。

もう何も残っていない。

本当に、何も。

そして、人間というのは面白いもので、弱っている時に限って攻撃される。それは自然の摂理として本能的に刻まれたものなのかもしれない。

 

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いじめで学校に行けなくなった娘より、玄関前の自転車を気にする母…それが“不登校の証拠”となり、周囲の住人にバレるからで……

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