【前回の記事を読む】“スピ”に傾く妻から目を背けた結果…娘は学校で孤立した。おそらく原因は、娘に吹き込んでいた「本当のこと」で…
2.幼さを入院させて
給食の問題は、もっと直接的だった。
「給食センターの食材は農薬まみれなの! 千晴の体に入れさせるわけにいかない!」
彼女は学校に乗り込んだ。1度ではなく、繰り返し。私は廊下の端で、職員室に響く母の声を遠くから聞いた。
「娘に食べさせないでください」
「こちらでお弁当を持たせます」
「農薬の危険性について先生方はご存じなんですか?」
翌日から、給食の時間に私は一人で弁当を食べた。
「なんで弁当なの」と誰かが聞いた。私は笑って「ちょっと体質的に」と答えた。驚くほどすらすら出た。そのころから私は、外向けの自分と内側の自分が、静かに引き剥がされていくのを感じていた。
月に1度、彼女は教育セミナーへ出かけた。帰宅すると目が充血していて、何かを確信した人間の顔をしていた。毎月15日が憂鬱だった。あの人が狂わされて帰ってくる日。
「千晴、聞いて。国語の成績がいい子は、中学受験で必ず成功するんだって」
それが今月の真実だった。
翌日から本が増えた。児童文学、名作文学、偉人伝記。
「これを全部読んだら賢くなれる」
私に選ぶ権限はなかった。
それでも私は読んだ。読むと、不思議と時間が消えた。母のことも塾のことも、どこかへ消えた。本の中の人間たちは私に点数を要求しなかった。叱らなかった。ただそこにいて、私がページをめくるのを待っていた。
それが唯一、私にとって打算のない習慣になった。
特に好んだのは、人間の心の動きを丁寧に追った物語だった。なぜこの人はこう動くのか。なぜこの人はこの言葉を選んだのか。本の中の人間だけが、私に対して理不尽を働かなかった。
母との会話は温かいものなどなく、負の感情にまみれたものばかりしか思い出すことはできない。だが、本に関する記憶はその正反対だ。もちろん教育面で好影響を果たしたのもある。吝嗇家、コアコンピタンス、田原坂の戦い。様々な言葉を与えてくれた。
そしてなにより、一文一文が、一文字一文字が欠乏していた愛情を、友情を、情緒を一身に請け負ってくれた。
友達や家族と育む愛は何物にも代えられない尊さ。それは当時の自分にとって1番追い求めていたものだった。それを物語の登場人物たちが味わっているのを見ると、うらやましさと追体験できる喜びがひしめき合っていた。
だが、それは自分に一生縁がないと思ってしまった。
信頼と尊敬から成り立つ、憧れの感情。自分の住む世界にはない。レイヤーが違う。きっと自分の目の前に現れてもそれは精巧な偽物か、掴もうとした瞬間に、指と指の間の隙間からすり抜けてしまうだろう。
そう思えて仕方がなかった。