【前回の記事を読む】「虐めて、脅して、春を売る」…名門大学に指定校推薦で進む「優等生」は、欲しいものを全て手に入れるために……
7.地獄でなぜ悪い
K大学の先に何があるというのか。
大学を卒業して、そのまま名の知れた有名企業に入って、将来性のある同僚と付き合って結婚して妊娠して、寿退職して、義両親とそれなりの仲を取り持って、子をそれなりの学校に入れて、孫の顔を見る。そして、子や孫に囲まれながら微笑んで息絶える。
そんな教科書通りのぬっるいぬっるい幸せなどいらないのだ。そんな人生何がおもしろいんだと大きな声で言ってやる。
じゃあ私は何を欲しているのか?
広いコミュニティ、社会。広い社会に出ても自分の居場所が欲しい。これは正直な欲望だ。
多くの人間に囲まれていたい。ちやほやされたい。必要とされたい。求められたい。これも正直な欲望だ。
恥ずかしくはない。私は欲望に率直に生きてやる。今まで出会ってきた男たちと違って。
O中学で集団に爪弾きにされた日々から始まって、S中学で加害者側に回ることで生き延びて、T高校でシステムを作り上げた。その全ての出発点は、虐められたくないという恐怖だった。弾かれたくない。透明にされたくない。その恐怖が燃料だった。
でも燃料はいつの間にか変化した。
虐められたくないという恐怖は、虐める側に立つことで安心に変わった。安心は飽きを生む。飽きた先に何があったかというと、私の場合、もっと欲しい、だった。
安全地帯にそびえたつだけでは足りなくなった。もっと中心に行きたい。もっと多くの人間に認識されたい。認識されるだけじゃなくて、好かれたい。好かれるだけじゃなくて、必要とされたい。この欲望はどこまで肥大化するか、私にも見当がつかない。
愛情というものを、正規のルートで受け取ったことがない。
これを認めるのは、別の意味でコストがかかる。でも事実だから書く。
本山優子からもらったのは管理と制裁だった。
父からもらったのは不在だった。
「お前の味方だ」という5文字と、家を出なかったという事実の組み合わせを愛情と呼ぶには、あまりに悲しい。
私も無償の愛を受け取ることができる、温かな家庭環境に生まれていなければ、こんなしみったれた小悪党になんかはならなかっただろう。
そして、学校の友人たちからもらったのは、私が設計した関係から生まれる感情であって、私という人間に向けられたものじゃなかった。設計者と設計物の間に愛情は発生しない。発生するのは管理コストだけだ。
また、9割5分の男たちからもらったのは、女子高生を手籠めにできるかもしれないという歪み切ったアンモラルな欲望だった。
だが、その欲望を上手いこと利用して、何とか高校生活を乗り切ることができたのだ。そこは癪に障るが感謝しなければならない。
だから私は愛情が何かを、体感として知らない。
知らないから、欲しがる方向が分からない。