【前回の記事を読む】遺体を発見したとの通報を受けて、パトカーが出動。「通報してきたのは…君か」。彼が変死体を発見したのは、今回が初めてではなく…
第1章 『幽霊』と呼ばれる男
1 篠町四丁目交番の面々と幽霊の噂
「今度来た奴が想像以上の陰キャで参ったぜ」
ロッカールームで同期の花形満男に洞口は愚痴りまくる。ご愁傷様と言いたげに花形は眉間に皺を寄せて薄気味悪そうに言う。
「ああ、結城だろ。ウォーキングが趣味で、変死体を見つけたのはたまたまその途中だったなんて言うらしいぜ」
「なんだよ、それ。キモい奴だな」
洞口はいかにも嫌そうに顔を歪める。それに、と花形は声を潜める。
「よく知らないが警察学校で謹慎処分をくらったらしい。どうもただの陰キャじゃなさそうだ。とにかく気を付けろ。呪われるぞ」
花形はそう忠告するが、結城の表面しか見えていない洞口は、幽霊の呪いかよと鼻で笑い、
「やれるもんならやってみろ。いびり倒して逆に追い出してやらあ」
と、妙に強気だ。というのもハコ長がびびっているのを見て、飛ばされるのはハコ長だと洞口は勝手に思っているからである。
(ハコ長、陰で何やってんだ?)
そう思って冷笑するこの男は、普段の自分の行状をさっぱりわかっていないようだ。前任者の新人警官が体調を崩して休職したのも自分のせいだなどと露ほども思っていない。
「要領悪くてそれをちょっと注意したら来なくなりやがった。最近の奴は打たれ弱いねぇ」
そう言ってにやにやしているのである。ちょっとどころではない。勤務のたびにねちねち文句を言われ、面倒な業務を押し付けられ、果ては暴力まで振るわれてその新人はすっかり病んでしまったのである。
「さて、今度はどんな風に料理してやるか」
などと言ってなんとも嬉しそうな洞口である。
2 結城、篠町商店街をパトロールする
パトロールも警察官の大切な仕事の一つである。洞口は面倒臭がり、自転車でさーっと適当に回って帰ってくるが、途中で何をしているかわかったものではない。
結城は最初のうちこそ陰気なお巡りさんと思われていたのが、この頃ではよく声をかけられるようになった。それは結城が町の人たちの話をよく聞き、困っているときは力になっているからである。
結城の姿を見掛け、おはよう!と元気に挨拶する八百屋の肥田たい子もその一人である。
「この間は荷解き、手伝ってくれてありがとね。亭主が使いものにならないんだよ。ここんとこ怠い、怠いって寝てばかりいてね」
太った体を揺すりながらたい子はこぼす。結城はこの頃よく重い物を運ぶのを手伝ったりしているので、たい子は感謝しているのである。
たい子が結城と話していると、奥からその役立たずの亭主、鮎造が出てくる。五十過ぎのこの男はひどく痩せていて顔色も悪い。鮎造は結城の姿を見て、ようと手を挙げたが、立っているのも大儀そうである。
しばらく鮎造の様子を見ていた結城だったが、もそもそと鮎造のそばに近寄ると、失礼、と言うが早いか鮎造の背中を親指でぐいっと押した。途端に鮎造はげえっと蛙を踏みつけたような声を出し顔をしかめる。
「ちょっと! 結城ちゃん、何してんの!」
たい子は驚いて、持っていた大根を落としそうになる。結城は首を傾げて帽子の下からじっと鮎造の瘦せこけた頬を見てもぞもぞと、しかし真面目な口調で尋ねた。
「そこを押すと痛いのでありますか?」
「ああ、痛えよ! ったく、何しやがんだ!」
鮎造はキレながら店の奥に戻ってしまった。あらあら、とたい子は肩を竦める。