【前回の記事を読む】1945年春の電報を最後に父は帰らなかった。母は4歳の息子に何度も「おとうちゃまの夢、見なかった?」と尋ね…

第一章 仁の家出と家族のこと

葉山から六本木・麻布へ

荒くれの復員兵が、「GHQの米兵たちから婦女子を守るため」という勝手な名目で、どの町でもうろつきまわっていた時代。夜になると男の居ない政子の家に押し入るやからも出てきた。

お隣の比企さんはどうすることもできず、ただ息をひそめて聞こえないふりをした。

政子は29歳で、輝くように美しい未亡人であった。しかしその美貌は、このときの政子にとっては弱点でしかなかった。

ついには町をうろつく男たちの間で、政子を独占したい者たちの決闘が始まった。

ケンカに勝ったのが、妻子持ちで周旋屋を生業(なりわい)としているKだった。

暗くなるとやってくるKに組み敷かれながら政子は、

「この人に守ってもらうしかないんだ」

と泣いた。そして何度も自分に言い聞かせた。こうするしかなかったんだと。小さな子供たちのために自分は生きて、食べ物を調達するしかないんだと。

周旋屋とは、非合法な職業紹介や人身売買を指す言葉で、戦後の混乱の中で様々な斡旋業者があり、大きな社会問題になっていた。

Kは不動産の仲介業をしていたが、悪徳ともいえるほど強引で、政子が一人で立ち向かえるような人間ではなかった。そして、そんな男に守られている政子が姑、美佐緒や実家の吉嶋家に認めてもらえるはずもない。安全な場所にいた母たちは、批評家のように政子の行動を非難するばかり。

結局、Kたちの出入りによって二人の母は政子を遠ざけるようになったのである。

政子が自らの肉体と引き換えに子供たちの命を守ろうとすることは、母たちにとっては愚かな行動でしかなかった。

事件が起きてからでは遅かった。お嬢様育ちの政子には、危機を察知する嗅覚が、決定的に欠けていた。空から焼夷弾が降ることは止んだが、まだまだ平和な時代では無かったのだ。

人に言われるまま生きるだけでは、どこまでも流されてしまう。ひ弱な女でも、自分の頭で判断し、どこかで自分の人生に折り合いをつけなければならない。

政子は涙を拭いて立ち上がり、子供たちを抱いて新しい人生を歩き出した。