「年を取ったら無理をせず、小さく生きるのがよい」と、人はよく語る。しかし、それは本当に幸福な生き方なのだろうか。年齢を重ねても、人はなお挑戦することができる。新しいことに取り組めば、必ず発見や感動がある。重要なのは、「心が動く瞬間」を他人任せにせず、自らの手でつくり続けることである。

人は常に「今」を生きている。過去がどうであったかよりも、今をどう生きるかのほうが、はるかに重要だ。

フランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、「晩年の生き方こそが、人生全体の価値を左右する」と述べている。晩年をどう生きるかは、抽象的な理念ではなく、日々の選択の積み重ねなのである。

心が動く瞬間は、特別な出来事の中にだけあるわけではない。むしろ、何気ない日常の中にこそ潜んでいる。それは、頭で考えることではなく、ある具体的な体験から始まることが多い。

私にとって、その入り口は娘の存在だった。娘を育てる中で生命の重みを実感し、社会の片隅で起きている出来事を、他人事として受け流せなくなった。ニュースで流れる痛ましい事件も、「自分には関係のない出来事」とは思えなくなる。

目の前に助けを求めている子どもがいるとしよう。「自分には何もできない」と目をそらし、その場を立ち去ることもできる。しかし、数日後にその子が悲しい結末を迎えたと知ったなら、胸が痛むはずだ。後悔や怒り、そして自分への情けなさを感じるかもしれない。

ここで言いたいのは、「虐待防止ボランティアをしなさい」という直接的な主張ではない。

世の中には、誰かの手を必要としている場面が無数にある。自分が関心を持ち、力になれることは、必ずどこかに存在している。若い頃のような勢いはなくとも、情熱をもって何かに取り組むことはできる。そして、自分の行為に意義や誇りを見いだすこともできる。

年齢を理由に主たる労働市場から外れ、体力に不安を覚え、人脈が限られていたとしても、それでもなお、情熱を手放さずに生きていく道はある。

人生の最後の瞬間まで自分の役割を果たし続けた人は、きっとこう思うだろう。「自分の人生は、価値あるものだった」と。

同時に、生きるとは人と関わることである。人生の価値は、収入や地位の高さだけで測られるものではない。たとえ短い時間であっても、人と心が通い合う経験を、どれだけ重ねられたか。それこそが人生の豊かさを決める。人生の最晩年まで社会の一員として人と関わり続けることが何より大切なのだ。


1 村松容子『65歳の人が、今後“健康”でいられる期間は?』NLI Research Institute REPORT,二〇一九年三月 六五歳男性の平均余命は約一九・五五年、女性は約二四・三八年とされている。

 

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