「ただいま」と「おかえり」のやり取りが、こんなに当たり前じゃないということ。父が吸う煙草の薫りが、昼食を作る母の背中が、妹と交わす内容のないバカ話が─「有り難い」ことなのだと、足りない頭ながらも感じた。
昼食が出来るまでの間、左半分残していた髪を散髪。いつも僕の髪を切るのは、父だった。
中学時分の僕は、確定で「丸刈り」になる父の散髪が嫌だった。思春期だったこともあり、やっぱり周りの反応が気になっていたし、親に髪を切ってもらうということ自体が「かっこ悪い」と思っていた。
でも、事故に遭った日、ICUで喉にチューブを繋がれ、補助的に呼吸をする僕の姿を見た父が倒れたと聞いた。立てなくなって、病院にある、車いすを借りたという。
そんな父の姿は、想像したことがなかった。正直、おしゃれじゃないのに自信満々だし、笑いのレベルは小学生並だし、褒められたことの方が少ない。
いつも僕のやることなすことに口を出してきて、鬱陶しいと思ったことは千手観音になったって、数え切れないだろう。
でも、そんな父だからこそ、それだけ取っても愛を感じた。というより、普段からなかなか愛を伝えられないのは、父親譲りなんだと思う。
だから今回は、今日くらいは、家族に切ってもらおう。
ハサミではなく、当たり前のようにバリカンを間髪を入れず動かしていく。骨のない、右側頭部は少し慎重に触れる。
「痛いか?」
「痛くない」
短い会話の中に、少しだけ、愛と感謝を込めて。長い髪が塊になって、バラバラと床へ落ちる。
バイバイ。これから、また少し大人になるからね。すべての髪を刈り終わり、シャンプーをする。もちろんシャンプーも頭部への刺激を考えて、父にしてもらう。
こんなの、それこそ、いつぶりだろう。正直、赤ちゃんみたいで相当恥ずかしかった。
けれど、今しか出来ない。「当たり前」になったら出来ないんだ。だから、いいんだ。裸のまま向き合えば。
シャワーで流し終わって、鏡の前で髪を整える。オペの痕が残って、その部分だけ剃り込みを入れたようになっている。でも、この傷をもって生きて帰ってこれた。
何だ。最高にかっこいいじゃないか。