この頃、雅彦との会話も、めっきり減っていた。同じ離れにいても、よし子は台本のメモを取り、雅彦は黙って帳簿をつけている。「おはよう」と「おやすみ」の間に、言葉がほとんどなかった。

一度、雅彦が「よし子さん、今度の休みだが」と何か言いかけたことがあった。けれどよし子は「ごめんなさい、水城さんと打ち合わせなの」と、最後まで聞かずに出かけてしまった。

(雅彦さん、何を言おうとしたのかしら)

そう思いはしたが、そのときのよし子は、それ以上、気に留めなかった。

その日、よし子は買い出しのために温泉街へ下りた。

商店街の角を曲がったとき、足が止まった。

雅彦がいた。見知らぬ女性と、2人で並んで歩いている。上品な身なりの、よし子と同じくらいの年齢の女性だった。雅彦は何か言いながら、その人に深々と頭を下げている。すると彼女は、やわらかく微笑んだ。

よし子の胸が、ぎゅっと縮んだ。

(あの人、誰……?)

結婚3か月目に現れた、あの女のことが、頭をよぎった。旅館を狙って雅彦に近づいた、あの華やかな女。雨の中を泣きながら走った、あの夜のことが――。

声をかけることができず、よし子はその場を離れた。買ってくるはずだった品物の、半分も思い出せなかった。

その夜、よし子は思い切って雅彦に切り出した。

「今日、温泉街にいたでしょう。女の人と、一緒に」

雅彦の箸が、一瞬止まった。

「……仕事の相手だ」

よし子の背筋が、すっと冷えた。同じ言葉を、前にも聞いた。あの女のことで揉めた時、雅彦はそう言ったのだ。「仕事の話をしていただけだ」と。

「仕事って、何の? 教えてくれてもいいでしょう」

「今は言えない」

「言えないって、何よ、それ」

声が震えた。雅彦が、ゆっくりと顔を上げた。その目に、見たことのない冷たさがあった。

「よし子こそ、最近どうなんだ。藤乃屋の女将じゃなく、テレビの中の人みたいだ。あの水城とかいう男と、ずいぶん楽しそうじゃないか」