――息子が病気になるまでは。
息子の病院通いが始まってから、私は散歩にあまり行けなくなった。人が大好きで、歩くことが大好きな太郎に、それは酷なことだったと思う。
ある日、玄関のドアを開けた瞬間、太郎は外へ飛び出し、そのまま遠くに走り去ってしまった。私の目からは、涙があふれた。
太郎はその日のうちに戻ってきたが、私は散歩が不十分なことを反省し、泣く泣く、太郎をおばあちゃんに預けることにした。
おばあちゃんは最初、「死んでも知らんよ!」とぶっきらぼうに言っていたが、いまでは誰よりも太郎を可愛がっている。
「人間の食べ物はあげないでね」
と何度もお願いしたけれど、それが守られるはずもなく、太郎はポメラニアンの原形を失った。丸々と太り、細いはずの足は、どさんこの馬のようにどっしりしている。
おばあちゃんは朝夕かならず散歩に連れて行き、毛のカットもシャンプーもしてくれる。ゆで卵を作れば、黄身は太郎、おばあちゃんは白身。そこまで可愛がられている太郎を思うと、「ありがたい」としか言いようがない。
ある日、おばあちゃんから慌てた声で電話がかかってきた。
「太郎がいなくなった」
私が駆けつけると、おばあちゃんはリュックを背負っていた。
「太郎がおったら、疲れとるやろうけん、この中に入れて連れて帰るつもりやった」と言う。
一緒に探したけれど見つからず、私は保健所と警察に連絡した。「太郎らしき犬を保護しています」と警察から連絡が入り、おばあちゃんと急いで駆けつけた。
そこには、少し不安そうな顔をした太郎がいた。警察の方は、「可愛かったから、夜一緒に散歩にも行きました」と笑っていた。
「太郎!」と私が呼ぶと、太郎は勢いよく飛びついてきた。
けれど、おばあちゃんの姿が見えると、すぐにそちらへ走っていった。
――ああ、もう家の太郎ではないんだな。
胸の奥が少しだけチクリとした。でも同時に、「それくらい可愛がってもらえてよかったね」とも思えた。太郎は、いまではすっかり「おばあちゃんの息子」であり、私たちの大切な家族の一員だ。
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