「いいですか」

あの夜と同じ言葉。よし子は頷いた。今度は迷わなかった。

雅彦の手が着物の帯をほどいた。よし子は目を閉じた。肌に触れる指先がいとおしくて、涙が止まらなかった。

「泣かないで」

「嬉しいから泣いてるんです。馬鹿」

雅彦が笑った。涙声の笑いだった。

2人は激しく求め合った。離れていた時間を埋めるように。二度と手放すまいと刻み込むように。よし子は雅彦の名前を何度も呼んだ。声が枯れるまで。

すべてが終わった後、よし子は雅彦の腕の中で天井を見つめていた。汗が引いていく。雅彦の心臓の音が耳に響いている。穏やかで、力強い鼓動。この音を聞いていると安心する。この人が生きている。隣にいる。それだけで十分だった。

「ねえ、雅彦さん」

「ん」

「旅館のこと、明日から一緒に考えましょう。2人でなら、きっと何とかなります」

雅彦がよし子の髪を撫でた。

「何とかなるかな」

「なりますよ。だって――」

よし子は雅彦の胸に頬を押しつけた。

「私たち、これまでだって何とかしてきたじゃないですか」

雅彦は何も言わず、よし子を強く抱きしめた。その腕の力が、何よりの返事だった。

(やっと。やっと戻ってきた)

 

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